第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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「それ、俺にも手伝わせてくれないか?」
 先ずは鉄斉が現れ、続いて綾女が、
「もっちろん、あたしもね!」
「わたしにも手伝わせてくれ」
 権兵衛を引き連れ、そして最後に……
「僕も手伝います」
 意を決した太一が力強く言った。
「太一、お前……」
「ここには、母さんが眠っているんですよね。僕は、そうとも知らずに……」
「いや、太一……」
 父親は目に光るものをうっすらと浮かべていた。太一も同様であった。
「なんだかなぁ……」
 いったいなぜこんなに人が揃うことになったのか、千技は困惑して頭をかいていた。
「抜け駆けはなしだな、千技よ」
「この小さなお嬢さんが真相に気付き、ここまで来てみようということになったのだ」
「てへへ」
 権兵衛が説明し、綾女が照れくさそうに笑う。
 毎度のことながら鋭い娘だと思った千技である。
「て、いつからいたんだ?」
 余りにもタイミングのよすぎる登場、話の流れをきっちりと理解していることから、ずっと隠れて立ち聞きしていたに違いない。
「えっと、権兵衛さんの話のとこあたりかな? 生きててよかったっていう」
「あぁ、わたしはこのとおり、いきているよ」
 だいぶ前の方じゃなかったか?
「まぁいいや。人手は大いにこしたことはないからな」
「そうと決まれば、早速始めるとするか?」
「皆さん……」
「じゃあ、僕は、荷車とか、何か道具を用意してきますね」
「あたしも一緒に行くね」
「お願いします」
 太一と綾女が家の方まで引き返していった。
「で、どの辺りにいるんだ?」
 道具が揃うまで、掘り起こす範囲をあらかじめ決めておくなど、それなりの準備はすませておきたい。
「妻の亡骸は、あの仏壇の下あたりです」
 ご本尊が奉られていたであろう、大きな仏壇がある。その下の床板が、よくみれば簡単に外せそうだった。
「ちょっとやってみるか」
 板切れの端を刀の束で何度か叩いてみると、反対側が直ぐに浮き出し、それからは少し力を入れて引いただけで外せるようになった。他の敷き詰められている板切れも同じようにして剥がしていく。
 その下にはこんもりとした土が盛り上がっている。
 その土を掘り返してみると、そこから驚くべきものが姿をのぞかせた。
「なんだこりゃ……」
 それは柩であったのだが、ただの柩ではなかった。特にこの時代では。
 柩はゆうに人ひとりをゆったり楽に寝かせられるほどの長さと幅であった。ただ、普通の柩と違ったのがその天板、いわゆる蓋の部分であるが、それがなんと全面ガラス張りだったのだ。
 その中に見えるものがまた尋常ではない。
「これが、奥さん……か?」
「そうだ。家内だよ」
 中にいたのは、女性であった。ただ、尋常ではないのが、その姿があまりにも美しするということだ。確か、母親は亡くなってからだいぶ経っていると太一は言っていたが、それほどの時間の経過をまったく感じさせない。むしろ、まだ生きている、ちょっと眠りに就いているだけ、といった安らかな表情で、ミイラと呼ぶのもためらわれるほどの保存状態である。
 このような技術がこの時代にあるのか、それ以前に、ここまでの状態を保つことに意味があるのだろうか?
「妻は、いずれ蘇る」
「なに?」
 父親が静かに放ったその言葉にみなが唖然とした。
「それが、彼女の使命だという。わたしは、それを守る役目を引き継いだんだ」
 コールドスリープ……その言葉が千技の脳裏に浮かんだものの、どうやらそれとは違うようだ。冷凍状態にしておくような、それに近い装置すら見当たらない。
 だとしたら、また別の方法で、既に十年以上前に亡くなった人間をここまでの状態に保つような、そんな技術があるというのだろうか?
 呪術とか魔法とか、そんなオカルト的なものが浮かんできてしまう。
「いったい、蘇った後はどうするんだ?」
「何かを伝える役目を、担っているらしい。彼女にしかわからない、何かを」
 いったい、なにがあるというのだろうか?
 遺跡のこともそうであるが、このような技術が存在するなど、尋常ではない不可思議な何かがこの時間の流れの中で起きていることは事実である。
「とりあえず、傷付けないように柩を取り出すか……っていっても、そう簡単に壊れそうにはないな」
 天板のガラスも土の重みに楽に耐え、柩自体もただの木材のように見えるが、その強度はもはやただの木ではないようだ。しかも完全に密閉されているようで、どこからどのように開けるのかさえわからない。
 考えても仕方がないので、作業を続けることにした。
「その前に、鉄斉」
「なんだ」
「形だけでもいいから、何かお経でも唱えてくれないか?」
「なぜ俺が?」
「その格好だし」
「あ……」
 言われて気付くが、確かに修行僧という格好。しかし格好だけで、ちゃんとしたお経など読めはしないのだが、
「仕方がない」
 他に相応しいものがいないため、やるしかない。
「こういうのは、気持ちが大事だから」
「ふむ……」
 千技に言われて納得しつつ、柩を前にして手を合わせ、ブツブツと唱え始める。
「……安らかに成仏を……」
 お経など読めないので、成仏してくれとか、場所を移すけど呪わないでくれとか、それらしいことを小声でブツブツ呟いてそれっぽく体裁を整えているだけであるが。
「よし、作業にかかるか」
 先ずは柩を外に出すのだが、それはやたらと重く、四人の大人の男たちをもてこずらせた。やはり、外からは見えないが内側は精密機械の固まりなのだろうか、或いはそれで何かを制御しているのかもしれない。
 先祖代々が眠っているらしいが、他にも同じようにやたらと重い柩が並んでいるのかと思ったが、どうやらそれは彼女だけの特別な柩らしく、他は全ていたって普通の骨壺だった。重要な使命を担っているのは奥さんひとりだけのようだ。
 話を聞くかぎりでは特にこの場所でなければならない理由はないようだった。霊的な何か、パワースポットのような場所でもないようだ。つまりは、移動させることに関してなんら問題はないであろうということだ。
 宝があるらしいが、それっぽいものは見つからず、恐らくはあの柩のような、技術的なものを宝というように呼称したのかもしれない。
 全てを出し終えた頃に太一と綾女が戻ってきた。それぞれ一台ずつの荷車と、そこに鍬などの道具を積んで運んできていた。
「よし、あの洞窟まで運ぶか」
 一番心配だったのは、荷車が柩の重さに耐えられるかどうかであったが、二台にまたぐことでなんとかいけそうだった。その余った空いた場所にほかの骨壺を置けば、なんとか一回で運べそうだ。
 ただ、洞窟までのみちのりが思った以上に険しい。当然ながら道は舗装されておらず、所々が雨でぬかるんでいたり、大小様々な石があちこちに転がっていたり、重い物を乗せた荷車を走らせるにはやたらと厄介であった。
 石や穴ぼこにかかり、ガタガタと軋む度に壊れてしまうのかと心配になったが、慎重に進ませながら、ようやっとのことで洞窟の前へと辿り着いた。
「突き当たりの奥に開けた場所があるから、そこがいいかもしれない」
「そうだな」
 鉄斉が言うと、権兵衛も同意した。
「よし、じゃ、もう少しだな」
 再び鉄斉が九輪字の札を使った松明を作り、その灯りを先導に荷車を運び入れる。

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