第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 隣で寝ている鉄斉を起こさず、話し込んでいる綾女と権兵衛にも悟られず、太一たちにも気付かれないよう、千技はひっそりと家を出て、自らが切り開いた森の道へと足を向けた。
「ついて来るなよ」
 近くにいるであろう田中を、小声で制す。定期連絡は用が済んでからだ。
 千技はずっと考え、そしてひとつの結論にたどり着いた。あるいは、そうではないかと。
 向かっているのは古寺だ。
 男が雨宿りにと少年に案内された場所、そして鬼に襲われた場所、全ての始まりの場所。
 いい時間かもしれない。男が鬼に襲われた時間、真夜中である。
 この時間ならば、あるいは鬼に、そして鬼使いにも出会えるかもしれない。そんな淡い期待を寄せてはいたのだが…
「まさか、とは思ったがな」
 案の定、戸のない、ガランと開け放たれたままの本堂に、何者かの姿があった。
「何者だ!?」
 こちらに背を向けていた男は千技の声に気付いて振り返った。
「そりゃこっちが聞きたいね。こんなとこで何しているのか」
 千技がゆっくりと近付くと、男は怯えるように後ずさる。
「鬼使いはあんただな?」
 男は足を止め、両手を前に差し出した。鬼を喚び出そうとしているようだ。
「やめとけ。俺は鬼退治屋だ。鬼を斬ることができるからな」
 牽制の為に背中の覇斬烈風を抜いてみせる。
 男は観念したかのようにゆっくりと手を下ろした。
「あんたが、太一の親父さんだな?」
「な、なぜ、それを!?」
 それが千技の出したひとつの結論であったが、合ってはいたようだ。
「いったい、ここで何をしている?」
「……」
 男は何も答えない。
「二十年ぐらい前かららしいな、ここに鬼が出るってのは。それとも、もっと前からか? その時の鬼使いは誰だったんだ? あんたじゃなかったよな?」
 どうせ答えないなら、どんどん責めて、図星でもついてやるかと矢継ぎ早の質問を続ける。
 だが、答はしないものの、質問のひとつひとつにあからさまな反応を見せ、言葉はなくともまるで答えているかのようであった。
「そうか……あんたも見たんだな? 誰かがここで鬼を喚び出すところを。その誰かの意志を継いで、鬼使いになったんだな?」
 もはや相手の言葉はいらない。表情を見ていれば全てがわかる。
「あんたが見たそれは、あんたの親父さんか? ……違うのか? ならば……」
 全てを知っても、男が意志を継ぎたいと思う人物、かなり身近な存在であるはずだが……
「もともと知り合いだった人間だよな? 家族以外の? 友人か? 友人の家族? それとも……」
 もしいるとしたら、恋人とか、彼女とか。だか、当たっていたようだ。
「そうか、彼女……本人ではなく、その家族……父親か?」
 どうやら、将来は結婚の約束をしていた彼女と一緒に、その父親が鬼を喚び出す現場を目撃してしまったようだ。
「で、その父親に共感し、あんたが後を継ぐようになったと?」
 男がついに頷いた。
「なるほどね。二十年ぐらい前、森の外れの大木で雨宿りしていた男をここまで連れてきたのも、あんただよな? まぁ、男っていうか、当時はあんたと同じぐらいの少年だ」
「な、なぜ、それを!?」
 男が声に出して反応してしまうほど、その件はかなり核心に触れていたことのようだった。
「その男は保護した」
「……そうか、生きていたんだな……」
 あの時の少年が生きていたことに、安堵している様子だった。
「その時はまだ、鬼使いじゃなかったし、何も見ていない、全てを知る前だったってことか? つまり、雨宿りの少年をここに連れてきたのも、ただの善意だってことだな」
「あぁ、わたしは何も知らなかった。まさか、ここで……」
 少年を案内した日から数年がたち、偶然にも婚約者とその親であった鬼使いの現場を目撃。もしかしたら、自分が案内した少年は、それ以外にもここに連れてきた人たちは、全て鬼に襲われて息絶えてしまったのだろうか?
 それが彼の自責の念となっていたが、義理の父親に共感することとなり、その後は鬼使いとして後を継ぐこととなる。
「てことは、その彼女の親父さんから鬼使いとしての力を分け与えられたってのか? つうか、そんなホイホイ増やしてんじゃねぇよ……」
 鬼使いは、鬼使いを簡単に増やせる。能力を分け与えるのはそう難しいことでもないらしい。ただ、相手の人間がその力に溺れるかどうかというだけである。
「で、結局、あんたと同じように太一もその現場を見てしまったってことか」
「太一が!?」
 彼は心底驚いているようだ。
「おいおい、まったく気付いちゃいなかったのか?」
「いや、知らなかった……そんな……」
「見てるんだよ、結構前にだろうな。俺の知り合いをここに連れてきたとこを考えると、恐らくはここではない別の場所でね」
「別の場所……」
「心当たりはあるみたいね」
 父親が鬼使いだったことを目撃してしまった太一、それゆえに、普通の人間とは思えなくなった父親の存在を頑なに隠そうとしていたのだろう。太一の中では、既に父親は死んだものと同等であると、決別しているのかもしれない。
 まだまだ少年である太一にそこまでさせてしまうこの父親。いったいなぜ、鬼使いになってまで、何を引き継いだというのだろうか?
「ここに……この古寺に何かあるのか? 鬼を使ってまでして、守らなければならない何かが」
 いよいよ核心へと迫っていく。
 全てはここから始まっている。
「ここには……亡き妻の、先祖代々の……その亡骸が眠っている」
 亡き妻というのは、当然ながら太一の母親で、彼に鬼使いの力を与えた父親の娘、ということになる。
「つまり、お墓ってこと?」
 寺だったのだから、墓があったとしてもおかしくはないのだが、なぜ寺が退廃した後もずっとこの場所なのだろうか?
「墓、だけではない。先祖代々受け継がれてきた、宝があるらしい。どんな宝までかはしらんがな。だが宝はどうでもいい。亡き妻より受け継いだこの場所を、守らなければならないんだ」
「それって、鬼使いになって、鬼を喚び出してまでしなけりゃならないことなのかな?」
 そこが大事なとこだ。
「ときおり、妙な噂を聞きつけた連中がやってくる。その宝を目当てにな。わたしは非力だ。鬼の力でもかりなければ太刀打ちすらできない」
 なるほど、そこまではわかった。だが……
「ここでないといけないのか? それに、いつまでこんなことを続ける気だ? いずれ、あんたと同じように真相を知った太一が、あんたがしたのと同じように、それを引き継ぐと言ったら?」
「な……」
「あんたは、自分の息子も鬼使いにしたいのか?」
「そんなわけ……」
 自分が義理の父親の役目を引き継ぎたいと言った時、当然ながら反対された。それがどういうことなのかを、諭された。その時は既に決心も固まっており、なにを言われてもその思いは揺らぐことはなかった。そして結局、自分が押し通す形で引き継ぐこととなったが。
 太一が、同じような決意をするであろうことは容易に想像できた。曲がりなりにも血を分けた自分の息子である。真実を知った息子がどうするか?
 当然、自分は反対する。かつての義理の父親と同じように。自らの役目がどのようなものか、その本当の意味を知った今では、なおさら同じ道は歩ませたくはない。
「あんたは反対を押し切って鬼使いになったが、そんなあんたに太一を説得させることができるのか?」
「……」
「あるわけないよな」
「ならば、どうしろと!?」
「ケリをつけるんだよ、いい加減さ。同じことをただ繰り返すだけって、そんなんじゃ埒があかねぇし」
「そんなことはわかっている! わかってはいるが、他に方法がないんだ!」
「ある!」
 千技には考えがあった。
「場所を移すんだ。誰にも入り込めない場所に」
「そんな場所があるのか?」
「作るんだよ。この先に洞窟があるだろ? その中に移して、入り口を塞いじまえば、もう誰も中には入れない」
「洞窟の、入り口を塞ぐ……?」
 男が考えあぐねていると……

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