第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 千技によって切り開かれた道を進んで行くと、そこまではあっと言う間で、途中、古寺に置き去りにしたままの荷物を取りに寄っても、苦にはならない道のりだった。
 その間も、髭男はたびたび千技の顔をちらちらと見ては何かを思案している様子ではあったが、やはり何も思い出せないままのようだ。
 もしも千技とこの男の間に接点があったとするならば、それは男が洞窟に入り込む以前の、彼の話によればまだ少年の頃のことであろう。ならば、明らかに彼より若い千技は更にそれより幼い頃だったはずだ。
 そこまで考えて、鉄斉はその全てを自ら否定した。どうも納得がいかなかった。髭男が少年の頃、というのはともかく、千技の少年時代というのが全く想像できなかったからだ。もちろん、千技にも少年時代があったはず、というよりあって当たり前なのだが、なにかしっくりこないでいた。
 結局、考えても結論は出ないし、考えるのも面倒なんで、鉄斉はそこであきらめることにした。
「おぉ、おかえりー!」
 太一たちの家に戻ると、真っ先に綾女が出迎えてくれた。
「よしよし、ちゃんと鉄ちゃんもいるね」
「あたりまえだ」
「って、あれ?」
 髭男の存在に気付き、首を傾げる綾女だ。
「とりあえず、一緒に救出してきた」
「あ、そうなんだ」
 あっさりと納得する。
 綾女のそういう楽天的な性格は、楽である。いちいちくどくどと説明する必要もないので、無駄な手間も省けるからだ。本当に無駄かどうかは別として。
「あぁ、皆さんお帰りですね」
 そこへ太一がやってくる。
「あ、鉄斉さんも、ご無事でなによりです」
「おぉ、心配かけてすまなかったな」
 鉄斉と太一が声を掛け合う間、千技は髭男の方を見ていた。もしも彼のいう少年が太一であるならばなんらかの反応があるはずだ。しかし、見えないながらも男の表情に変化があるようには感じられない。むしろ、いまだに千技のことが気になるようで、時折ちらちらと横目で見るような仕草をすると、目線が合ってしまうことが気まずいのか、すぐにそっぽを向いてしまう、というぐらいだった。
 やはり、少年とは太一のことではない。千技は確信していた。
「とりあえず道は作っておいたから、これで少しは礼代わりになるかな」
「いえ、むしろ助かります。ありがとうございます」
 太一が丁寧に頭を下げた。
 髭男のいう少年が太一でないとするならば、他にも少年がいるということになる。気にはなることだが、それは後回しにして、今はゆっくり休みたい。道作りや剛伝との闘いで技を使いまくり、痛めた傷もまた疼き出し、思った以上に体力の消耗が激しかった。
「悪いが、少し横にならせてもらうよ」
「千ちゃん、大丈夫?」
 なんとなく少し弱気そうな千技を心配して綾女が声をかける。
「右肩、見せてみて」
「どうした?」
 その様子が気になった鉄斉も覗き込んだ。
 袖をまくってみると、だいぶ腫れていた。前に比べて悪化している。
 まさか、この痛む腕で鉞男と戦っていたのか?
 千技にしては少し苦戦しているように見えたのはそのせいだったのかと、納得した鉄斉だ。負傷さえしていなけれは、確かにひとりでも大丈夫だっただろう。
「むちゃするからだよ……」
「少し休めば問題ない」
 そうはいわれても気にはなるが、千技は直ぐに部屋に上がると背中の刀を脇に置き、そのままバッタリと横になってしまった。
「なにかあったの?」
 綾女が鉄斉に訊いた。
「あぁ。質屋で襲ってきた変な連中がいたろ、その中の鬼使いのひとりが現れたんだ。ほら、でっかい鉞を持ってた、ちっこいヤツだよ。そいつと戦ってたんだけどな」
「やっぱり、そうなってたんだ……」
 鉄斉の話を聞いて、千技の予感が的中していたことを知った。無事戻って来られたのがなによりではあったが。
「それより、このおっさんも厄介にならせてくれ」
 鉄斉が太一に頭を下げながら頼んだ。 「とりあえずは風呂にでも入って、それからゆっくり飯にするといい。あそこじゃ大したものなど食えてなかっただろうからな」
 男にそう言ってから、古寺から回収してきた荷物の中から麻袋をひとつ太一に差し出す。喜助にもらった野菜だ。旅の道中で主食となっていたのでかなり減ってはいたが、まだ半分近くは残っている。
「少しばかりだが、野菜が入ってる。これを使ってくれ」
「うわぁ、助かります」
 袋の中を覗いて太一が素直に喜んだ。
「すまんな、少年よ」
「いえ、千技さんには道を作っていただき、その上野菜までこんなに頂戴しては、かえってこちらの方が恐縮してしまいます」
「まぁ、できるのはそれぐらいだがな」
「では、こちらへ」
 太一が野菜袋を抱えて髭男を風呂へと案内する。
「とりあえず、俺も少し休ませてもらう」
「うん、そうしな」
「いくつか気にかかることはあるが、それも千技が起きてからだな。権兵衛のことは……あぁ、あの髭の男のことだが、そっちは綾女に任せる。後は頼む。詳しい話はそれからでもいいな」
「わかったよ」
 綾女が頷くと、鉄斉はそのままそそくさと千技の寝ている部屋に行って並んで横になるとすぐに鼾をかいて寝てしまった。ふたりとも、やはり疲れがよほどたまっていたのだろう。
「よし、ご飯作りに取りかかるとするか!」
 綾女はなぜかはりきり、袖をまくって気合いを入れた。

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