第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 鬼を掃う者

 綾女が庭掃除をしている時、その役所連中がやって来た。
「そなたはこの家の者か?」
 先頭に立つ男が綾女に聞いた。
「まぁ、今はそんなもんだけど、何か?」
 実際、この数日で彼女はすっかりこの家に馴染んでしまっていた。元々人懐っこく、誰とでも直ぐに打ち解けてしまう天性の才能ともいえる。
「鬼の件で池上殿に面会を願いたい」
「あぁ、鬼のことね」
「知っているのか!?」
「うん。でも、もう問題ないけどね」
「問題ないとは?」
「千ちゃんが片付けちゃったから、もういないよ」
「片付けた……って」
 男が唖然としているところへみつがやってきた。
「どうかなさいましたか?」
「鬼のことで池上のオッチャンに話が聞きたいんだってさ」
「そうでしたか。では、わたくしがご案内致しますので」
「か、かたじけない……」
 不思議そうな目で綾女をチラッと流し見てから、先を行くみつを慌てて追う。

 池上と鉄斉は毎夜のように酒宴で盛り上がっていた。今日もまた、みつが呼びに来るまで酔って眠ったままだった。
「わたしの部屋に通しておきなさい。直ぐに行く」
 廊下のみつに声をかけ、慌てて起き上がると身だしなみを整える。着物の襟を正し、髪を撫で付け、裾を確認する。
 その物音で鉄斉も目を覚ます。
「役人が参られたようだ」
 状況が飲み込めずにぼーっとしている鉄斉に簡単に説明する。
「わたしも立ち会わせてもらいましょう」
「かたじけない」
 鉄斉も池上と共に彼の部屋に向かった。
「待たせて申し訳ない」
 部屋には、羽織袴の役人が数名、並んで正座していた。
「で、本日はどのようなご用件で?」
 役人たちの前に腰を下ろしながら池上が訊ねる。
「もちろん、件の鬼のことで参ったのであるが……」
 羽織袴のひとりが答える。先ほど綾女と会話していた男だ。どうやら彼がこの中では一番の上司らしい。
「先ほど、表の娘が言っておったのだが、既に片付いたとか?」
「実はそのことで──」
「その通り、鬼はもういませんよ」
 池上が何か話そうとしていたのを鉄斉が遮って答えてしまう。
「鉄斉殿……?」
「ま、ここはわたしに」
 池上と鉄斉が小声でやりとりするのを、上司の男が怪訝な面もちで見比べている。
「鬼はもう退治しましたので」
 鉄斉が役人たちに向き直って再び言う。
「退治したとは、一体何者が?」
「何者が、ですか? ま、我々が、とでも言っておきましょう」
 鉄斉が得意満面で答える。いつもの悪いクセが顔を出し始めているようだ。
「そなたが? いったいどうやって?」
 役人は半信半疑──というより、殆ど信じていない。
「我々は、鬼を退治するのが仕事でもありますから」
「いや、彼らは──」
 池上が口を挟む。
「先日この村にやってきた旅のお方なんですよ。このお方が鉄斉殿で、表にいた娘が綾女殿。それともうひとり、今はここにはおらんのですが、千技殿という方の三人です」
 池上の話を聞いて、後ろの役人のひとりが何かを思いだしたように隣の者にこっそりと耳打ちしている。次第にそれが他の者にも広まり、少しばかりざわついていた。
 上司の男がそれに気付き、諫めるように軽く咳払いをする。
 上司の真後ろにいたものが、またも耳打ちで何やら伝えていた。
「鬼を退治して回る三人組!?」
 役人のひとりが噂を耳にしていて、それが耳打ちで広まり、上司にまで伝えられた。思わず出した言葉から一連の流れが伺える。
「そ、そなたらが、その三人であると?」
 鉄斉を見て、何故か恐る恐る訊いている。
「如何にもその通り。如何にもね」
 自慢げに頷く鉄斉。
「で、では、鬼を倒したのであれば、鬼使いの方はどうなされた? 捕らえたというのであれば、こちらにお引き渡しを願いたい」
「それは出来ませんな」
「出来ないとは? 鬼使いを残しておいては、鬼を退治したとは言えませんぞ?」
「いや、その件についても、鬼使いも同様に倒したので、一切の問題はありませんよ」
「で、では、鬼使いが何者であったのか、それを聞かせていただこう」
「それは──」
「さぁ?」
 池上が口を開きかけたのを、またしても鉄斉が遮る。
「あれが何者だったのか、わたしも知りたいですな」
「は?」
「少なくとも、この村のものではないようでしたな。ですね、池上殿?」
「え?」
 鉄斉が目配せする。
「あ、あぁ……うむ、見掛けぬ顔でしたな。外部のもので間違いはないでしょうな」
 鉄斉に話を合わせる池上は、なにやらひとつ諦めたような顔をしている。
「では、そやつはいずこへ?」
「ですから、もう既に倒したと」
「うむ……」
 上司はまだ納得していない様子である。
「どうも腑に落ちんですな。直に、鬼討伐隊監査役の松本様が参られます。その時に改めてお話を伺いましょう」
「鬼討伐隊?」
 鉄斉が訝しげに聞き返す。初めて耳にする。
「そうです。各地で暴れ回る鬼に対抗する為に、先日、奉行所の有志によって組織されたものです。拙者が隊長の桐島と申す。松本様はその監査役で、我々の直属の上司にあたります」
 桐島と名乗る男が説明した。
 どうやらまだ最近できたばかりの組織で、或いは今回のこの村の一件が初任務かもしれない。多少ぎこちなく見えるのも、まだ慣れていないせいだろう。
「奉行所が鬼に対抗する為に組織を作ったと……」
 いつかはどこかで出来るかもしれないとは想像してはいたが、いざ耳にすると不思議でもあった。
「我々が最初の隊ではありますが、いずれは全国各地にも広まるでありましょう」
 いったい、鬼を相手にどこまで闘えるのかは甚だ疑問ではあるが、現状を黙って見過ごすことも出来ないというのも人情であろう。ある意味、自然な流れかもしれない。

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