第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 その二匹だけで他に鬼も現れず、喜び勇んでいる鉄斉と少々困惑気味の千技が店に帰ってきた時には既に木戸も閉められていた。
「おぉ! 俺だ! 鬼を倒した鉄斉が帰ってきたぞ!」
 かなり浮かれ気味で木戸を叩く。
「裏口が開いてるよ」
 やかましいと言いたげな表情をしながら綾女が木戸を開けた。
「おぉ、綾女! 俺が九輪字で鬼を倒してきたぞ!」
「嘘?」
 ホント? という顔で千技を見やる。
 千技はただ黙って頷いた。
「スゴいじゃん!?」
「おお! 俺はスゴい」
「ま、弱かったけどね」
「弱い鬼?」
 加代の用意してくれた晩飯を食べながら、ことの顛末を話して聞かせる。
「へぇ、弱い鬼ってのもいるんだ」
「弱い弱いって言うな……。弱くても鬼は鬼だ」
 鉄斉がちょっとすねる。
「まぁ、並では倒せない鬼を倒した事は事実だからな」
 千技が軽くフォローしてやる。
「でも、なんでそんな弱い鬼が出るの?」
 綾女もしつこい。
「だから、弱いって言うな!」
「鬼ってのは、それを生み出す鬼使いの意志や力を受け継ぐんだ。その力は鬼使いに比例して増幅される」
 千技が説明する。
「つまり、鬼使いが強ければ鬼は強く、逆に弱ければ鬼も弱い」
「そうなのか?」
「この前の金棒男の鬼とか、金棒男並みの耐久力があったろ? だから九輪字にも楽に耐えられた。それに、戦い方も鬼使いに似た傾向になる。例えば頭のいい鬼使いなら、鬼もそれなりの知恵を持つようにもなる」
「うわ……そんなのが出てきたら厄介じゃない?」
 綾女が心配する。
「まぁな。それより、今回のはただ弱かっただけでもないみたいだった」
「ん? どういうことだ?」
「まだ鬼の扱いにも慣れていない、いわば初心者みたいなもんか?」
「初心者の鬼使い? なんだそりゃ?」
 あまりにも鬼が弱かったことを強調されて、鉄斉の調子も一気に落ち、驕りもすっかり消え去ったようだ。
「誰にでも初めてってのはあるけどさぁ……」
 綾女が言う。
「でも、鬼使いはどうやって鬼を生み出せるようになるの? なんか修行とかみたいのってあるわけ?」
「いや、そこまで俺も詳しく知っているわけじゃないが……。誰かがその能力を分け与えているってことらしい」
「能力を分け与える? つまり、そいつが鬼使いを増やしているってことか?」
「らしい、ってことぐらいしか知らん」
「でも、千技ってホントに色々と詳しいよね。どっからそんな情報を仕入れてんの?」
 綾女が不思議がる。
「あ? ま、その内に追々……」
 千技は微妙に言葉を濁す。
 その情報源である人物──田中に合わせるのは簡単であろうが、一気に情報を詰め込みすぎても理解できようはずもない。また、鉄斉や綾女にとってはある意味ショッキングなことにもなりかねない。
 事実を伝えるのはもう少し先の方がいいと、千技は考えていた。
「ま、いいけどね」
 綾女もまた楽天的でよかったと千技は安心した。
「明日、また穴に入るの?」
「あぁ、そのつもりだ」
「わたしは行かなくてもいいよね?」
 綾女が心配そうに訊く。やっぱり虫が怖いのか。
「残ってていいよ」
「よかった」
 千技が言うとホッとしている。
「それより、また一晩厄介にならなきゃ……」
「あら、わたしはかまいませんよ。お好きなだけいて下さいな」
 三人の話をただ黙って聞いていただけの加代を千技が見ると、彼女は笑顔で返した。
「鬼を退治してくれるのならそれに越したことはないし、綾女さんにはお店の手伝いまでしてもらってとても助かるわ」
「迷惑かけてませんか?」
「あのねぇ…」
 鉄斉が不安そうに言うと、綾女が怒ったようにすねる。
「とんでもない。本当に助かっているのよ。お客さんの評判もいいし。何よりも明るいし」
 加代が誉めると満足そうににまっと笑顔を見せる綾女だ。
「それならいいんですがね」
「申し訳ないです」
 千技が頭を下げる。
 好きなだけと言われても、出来ることならとっとと先を急ぎたいのが千技の本音だ。けれど、鬼が出るとあっては話は別で、黙って見過ごすわけにもいかない。早々に片を付けたいところである。
 あまり厄介なことにならなければいいが、と考えていた。

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