第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 鬼と闘う者
 
 それらは、まさしく異形の姿をした化け物たちだった。人々はそれを、古来よりの伝承から“鬼”と呼んでいる。
 しかし“鬼”にしては頭に角はなく、ただただ大きな背丈、つり上がった目にこめかみ辺りまで大きく裂けた口という邪悪な形相と、手当たり次第に人々を襲い、目に映るもの全てを破壊せんとするその残忍さからそう呼んでいるにすぎない。
 鬼の群れは、まるで紙箱を潰すかのように辺りの民家を次々と破壊していく。
 阿鼻叫喚の悲鳴をあげて逃げ惑う人々。鬼に対抗する術を知らない彼らにはそれよりの他はなかった。
 大事な家財道具や金など、手にする間もなく家を飛び出して逃げる。今はそれよりも命だけが大事だった。
 だが、逃げ惑う人々の間を縫って、ひとりの長身の男が鬼の前に立ちはだかった。
 薄汚れた白と黒の衣に、拳ぐらいの大きな玉の数珠を首から下げている。右手には背丈ほどもある長いしゃく杖を持っている。修行僧といったところか。
 鬼どもは先ほどまでと少し違う雰囲気にしばし破壊活動を中断して立ちはだかる男を見ていた。
 ──なぜこの人間は逃げずにいるのだ?
 言語は持たないが、鬼にも多少の知能はあった。
 いつもなら自分らの姿を見ただけで人間どもは逃げ出してしまう。しかし、逃げるどころか目の前に立ちはだかるこの人間は何者なのだ?
 鬼の一匹が天空まで轟くような叫びをあげ、目の前の人間を威嚇した。
 しかし、男はその威嚇にも動じず、不適な笑みを片頬に浮かべただけだった。
 鬼の一匹がそれ以上考える事もできずにじれて男に飛びかかっていった。
 男は右手の長い錫杖を振り上げると、向かってきた鬼に対して一旋した。
 てっぺんにある金の飾りがじゃらりと鳴り、杖が鬼の足元をなぎ払うと、大きな体躯が地面に倒れ込み、振動と共に土埃を巻き上げた。
 ──この人間は我らと闘おうというつもりなのか?
 ──面白い。では存分に相手をしてやろうではないか!
 鬼たちは互いに唸り、そんな会話を交わしているようでもあった。
 男は杓杖を地面に突き立てると、両手を前に突き出して何やら言葉を唱え始めた。
 鬼たちが一斉に男に向かって突進していく。
 鬼の巨体が生み出す振動に、まるで地震のように地面が鳴り響く。
 男は前に突き出した両手で円を描きながら九つの文字を唱える。
「烈 滅 旋 戒 轟 封 浄 炎 撃」
 一つ文字を唱える度に円の中心に何かが浮き上がってくる。その何かはやがて炎となって目に見え、両手で描かれた円と同じ大きさの丸い壁となった。
「九輪字ッ!!」
 男が最後の言葉を唱えると、炎の壁は収束して火の玉となり、突進してくる鬼に向かって弾丸のように撃ち出された。
 鬼たちにとって、それは初めての経験だった。まさか自分らに刃向かってくる人間が存在するとは。そして、今まさに炎の弾が目前に迫って来ている。しかし突き進んだ巨体は最早止める事は出来ない。
 弾丸は最初の鬼の腹のど真ん中を突き抜け、曲線を描いて二匹目の頭を吹き飛ばし、三匹目の右腕を切断して消滅した。それと同時に地響きをたてて鬼たちが続けざまに倒れ込む。
 しばらくしても鬼たちが起き上がって来ないでいるのを確認すると、今まで逃げ隠れて見守っていた村人が長身の男の勝利を確信して一斉に姿を現して男を取り囲んだ。
「本当に鬼を退治出来るとは……」
「ただのウドの大木じゃなかったんだな……」
「一体どんな技をつかったんだ?」
「鬼に襲われて助かるなんて奇跡だわ!」
 ある者は誉め、ある者は命あることに感謝し、ある者は不思議な技に興味を示し、ある者は瞬く間に四体もの鬼を倒した事を感心しながら、それでも村人全員が無事であった事を男に感謝した。
 男はただ、さも当然であるかの如くに笑みを浮かべて頷いていた。



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