第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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「綾女ッ!!」
 もう上からの声は届いてはいないのか?
「変な虫がいるよぉ!!」 だが、彼女の声はかすかに響いて聞こえてくる。
「無事なことは確かみたいだな……」
「縄ももう限界だな」
 鉄斉の手元に縄の端が近付いている。
「まだ先長いから縄解くねぇ!!」
「無茶するな、綾女ッ!!」
 だが、やはりこちらからの声は届かない。
「鉄斉!」
「おぉ!」
 鉄斉が直ぐに縄を引き上げ始めるが、既に遅かったようだ。
「手応えがない…」
「あのバカ…」
「ん、まぁ、あいつも──あいつなりに鬼と戦ってきたわけだ。うん、その根性を信じよう!」
 鉄斉がそう言って自らを納得させている。だが、心配は心配なようで、ずっと井戸を覗き込んでいる。
 かなり時間は経ったようだ。
 念のためにと予備のろうそくも持たせておいたので灯りの心配は無いにしても、あまりにも何も反応がないと不安になる。
「俺がもう一回降りてみる」
 じれた千技が遂に切り出した。
「でも、穴に入れないんじゃ?」
「声は届くかもしれない」
 言いながら縄を引き上げ始めている。
「そうだな、何もしないよりはマシだな」
 と、その時──
「お待たせぇ!!」
 背後からする綾女の大声。
「のわっ!?」
 驚いた千技が井戸に落ちそうになり、慌てて鉄斉が押さえる。
「綾女……!? お前、どっから……」
 そこには紛れもない、井戸に降りたはずの綾女の姿。手足や頬、着物の所々が泥にまみれている。
「なんかね、しばらく進んでると、段々広くなってきてね、その内立って歩けるくらいになってた」
「で、どこかに繋がってたのか?」
「いくつか道が分かれてたんだけど、その一つを進んでったら、山道のお地蔵さんの所に出た」
「お地蔵さん?」
「道祖神か? 確か、来る時にもいくつか見かけたな」
「そ、直ぐそこのお地蔵さん」
「行ってみよう」
「あぁ、あたし、それよりお風呂に入りたい」
「おぉ、ゆっくり入ってろ」
「後は俺たちに任せろ。ご苦労だっな」

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