第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 しばらくして──
「ちょっと待って! 千技が何か言ってる」
 綾女が鉄斉の手を止め、井戸の奥の千技に問いかける。
「なにぃ!?」
 千技の声はかなり小さく、鉄斉の耳には届かず、綾女が井戸に頭を突っ込んでようやく聞こえるくらいだ。
「わかった!」
「なんだって?」
 今や縄を抑えるのに必死な鉄斉が綾女に訊く。
「ちょっと待ってくれって。何か見つけたみたい」
 綾女はそう言って、布の切れ端を鉄斉の手元の縄に縛り付ける。
「なんだ?」
「一応、どこまで降ろしたかの目安ね」
 こういうところはかなりしっかりしている綾女である。
 井戸の奥では、千技がなにやら見つけていた。
 横穴そのものではないが、石組みに少し気になるところがあった。
 ろうそくの灯りを近付けてみる。
 周囲のは同じ大きさの石が規則正しく互い違いに並んで組まれているのに対し、その一角だけ少しズレているようだ。
「もしかしたら……」
 その一角の石に手を伸ばす。
 石の脇に小さな隙間がある。そこに指を差し入れ石を揺すってみると、その石が外れた。
 その奥はどうやら空洞になっているようだ。
 周辺の石も少し揺すってみるといくつか外れ、小さな横穴が開いた。
 だが──
「何かあった!?」
 上から綾女の声が降ってくる。千技にもハッキリと聞こえる。こういう時、彼女の大声は役に立つ。
「横穴があった! 上げてくれ!」
「わかった!」
 おまけに耳もいいようだ。
 直ぐに縄が引き上げられていく。
「横穴があったのか?」
 井戸から這い上がった千技に鉄斉が訊く。
「あった。でも、大分狭くて俺でも入れん」
 そう言って、千技が綾女をチラリと見やる。
「え? 何……?」
「お前なら行ける」
 こういう時、小柄な綾女が役に立つ。
「あたしが行くの!?」
 彼女は明らかに尻込みしている。
「怖いのか?」
「……虫がいる?」
「あ? まぁ、何かいるだろうな」
「鬼は平気なのに、虫はダメなのか?」
「だって……」
 鬼を前にしても、いかついごろつきを前にしても何食わぬ顔していられる綾女の意外な弱点というところか?
「お前しかいないんだ、頼んだぞ」
 綾女の返答も待たずに、千技が彼女の腰に縄を巻き付ける。
「うぅ……」
「虫が寄ってきたらろうそくの火で振り払え。それで大丈夫だ」
「ホントに……?」
「あぁ」
「そうだ、ちょっと待ってろ」
 鉄斉が懐から小さな紙と筆を取り出してなにやら書き始めた。
「九輪字のお札だ。まぁ効力は弱いが、なんかの役には立つだろう」
 なにやらいくつかの文字が書き込まれた紙を綾女に渡す。
「そんな使い方もあるんだ……」
 千技が感心する。
「これが九輪字本来の使い方だ。俺のは俺流だからな」
「そうだったの?」
「ちょっと安心した」
 綾女が、それでも少し引きつった笑顔を見せてお札を懐に入れた。
「行ってみる」
「何かあったら縄を三回引っ張れ。五回引っ張ったら引き上げる合図だ。声が届かなくなるだろうからな」
「わかった」
 綾女が意を決して井戸を乗り越える。
「おぉ、軽いな。さすがは綾女だ」
 変なところで感心する鉄斉だ。
「いいよ、降ろして」
 綾女の合図で鉄斉が少しずつ縄を降ろしていく。
「一気に降ろしてもいいか?」
「やだ! 怖い!」
「無茶させるなよ…」
 ゆっくりとゆっくりと降ろしていく。
「もうそろそろかな?」
 綾女の結んだ目安の布が近付いてくる。
「綾女! 見えるか!?」
 千技の声が井戸の中に響く。
「下の方になんか見えてきたぁ!」
 彼女の声がハッキリと返ってくる。
 鉄斉の手元に布がたどり着く。
「あったよ!!」
「いけそうか!?」
「頑張ってみるぅ!!」
 綾女の元気な声だ。後込みはしていても、いざとなったら度胸を据えてやる娘だ。
「おぉ、軽くなった」
 鉄斉が手を離しても縄が落ちていかない。
「横穴に入ったみたいだな」
「かなり奥まで続いてるみたい!!」
 綾女の声と共に、縄が勝手に引っ張られていく。彼女が横穴を進み始めたようだ。
「無理するなよ!!」
 綾女からの返答がなくなった。

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