第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 鬼に成る者


 千技たちが安兵衛を山小屋に送り届けてから茶屋に戻って来たのは夕刻前だった。
「何かわかった?」
 今か今かと二人を待っていた綾女が駆け寄ってくる。
「おぉ。いろいろとな」
「そう? こっちも面白い事がわかったよ」
「面白い事?」
 腹を空かしている二人は、加代の作る自慢の料理を食べながら、綾女とそれぞれが得た情報を交換しあった。
「じゃあ、鬼使いはそのお宝をさがしてるわけだ?」
「うむ、親父さんの死後、突然現れて店の立ち退きを要求する借金取りか……」
「つまりは、そいつらにはこの店を欲しがる理由があると……」
「それがお宝だ!」
「恐らく、そいつらも鬼使いに雇われているかなんかだな」
「これでほぼ全てが繋がったってことか?」
「そうだとして、どうやって仏像を掘り起こすかだよな。まさか店を壊すわけにもいかないし……」
「掘り起こすって……」
「今の鬼使いを倒したとしても、いずれまた別の者がやってくる。元凶を断ち切らなきゃ、いつまで経っても同じことの繰り返しだ」
「うむ、確かに……」
「もしかしたら…」
 三人の話を聞きながら、それまで黙っていた加代が何かを思い出したように口を開いた。
「裏に、今はもう使われていない古井戸があるんですけど──」
「使われてない古井戸?」
「えぇ。それもかなり深くて、途中には横穴も開いているらしく、その横穴がこの下にまで伸びているとか」
「横穴か……。運がよければ一発で見つけられる可能性もあるな」
 鉄斉が色めき立つ。
「ここって、いつ頃からあるの?」
 千技が加代に訊いた。
「店が建てられたのは、わたしが子供の頃でしたから……十年くらい前でしょうか?」
 加代が思い出しながら答える。
「店が建てられる前は?」
「わたしにはそこまでは……。でも、この土地自体は、父が知り合いから譲り受けたらしく、古井戸もそれ以前からあったようです」
「親父さんが誰から譲り受けたのかまではわからないかな?」
「えぇ、古い知り合いとしか……。そういえば、井戸は残しておいてくれと言われていたらしいです」
「どういうこと?」
「もう使われていないものだから埋めてしまえばいいのにと思ったんですけど、父が譲り受ける時に、井戸を残しておくという条件付きだったらしくて」
「親父さんは何も知らなかったとしても、その古い知り合いが何か知っていたのかもしれないな」
「それが誰だか分かれば苦労はないと……。何か思い出せないかな?」
 鉄斉が急かすように訊く。
「すみません……」
 申し訳なさそうに加代が頭を下げる。
「いや、まぁ、とりあえずその井戸を調べてみよう」
 千技が言って立ち上がった。
 それは確かに小さな井戸だった。中を覗き込んでも暗いだけで底が見えない。かなり深いようだ。試しに小石を落としてみるが、底に落ちる音も聞こえないくらい深い。
「縄か何かないかな? ちょっと降りて見る」
 千技が訊くと、加代がそばの納屋に行って長い縄を持って戻ってきた。
「井戸の水を汲み上げる時に使っていたものらしいです。古いものなので、頑丈かどうかまでは……」
 千技が縄を両手で引っ張り強度を確かめている。
「こんなものがまだ残っているんだ……。古くてもかなりしっかりしてるな。人ひとり分ぐらいは充分に降ろせる」
「誰が行くんだ?」
「俺が行く。鉄斉じゃ大きすぎる」
「確かに……」
 縄を井戸の上の滑車に通し、その強度を試してみる。古く組まれたものではあるが、造りは頑丈で今でも充分に耐えられそうだ。
 それを確認して、千技は自らの腰に縄を巻き付ける。
「ちょっとずつ降ろしてくれよ」
 ろうそくの灯りを持った千技が井戸の石組みを乗り越えて鉄斉に言う。
「任せておけ」
 鉄斉と綾女が反対側の縄を持ち、少しずつ千技の体を降ろす。
 時間をかけてゆっくりと、もう大分深くまで降りているはずだ。
「何かあるぅ!?」
 綾女が井戸の中に呼びかける。
「まだ何もないようだ!」
 千技からの返答の声が大分小さくなっている。
 実際、ろうそくの灯りで周囲を照らしてみても、石組みだけで横穴らしいものは何も見当たらない。
「縄はまだあるのか?」
「まだ余裕!」
「もっと深くまで降ろしてくれ!」
「わかった!」
 鉄斉が更に縄を降ろしていく。

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