第一部・旋風編

□旋風編・烈鬼の章
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 鬼を操る者



 夜中、生理現象をもよおして千技は目を覚ました。
 隣では鉄斉が大の字になって軽くいびきをたてて熟睡している。
 用心棒たちは、今回は何もしていなかったとはいえ、これまで鬼を追い払いこの店を守ってきたその報酬を受け取って去って行った。
 部屋にはふたりだけだ。さすがに女性の綾女は別室で休んでいる。
 とりあえず、今夜一晩泊めてもらうことにした。店主が是非にと言うのと、まだここでやり残した事があるからだ。
 三人での旅はそれが終わってからだ。
 ──いや、もうひとり、いた。
「千技……!」
 彼がカワヤで用を足していると、目の前の窓からその“もうひとり”が顔を覗かせた。
「のわっ…!?」
 いきなりなもんで的を外しそうになる。
「どっから覗いてんだよ……」
「いや、なかなか一人になってくれないからさ……」
「だからって……見るなよ」
「見ないって。……見えないし」
「見ようとしてたのかよ……?」
「わかったよ。じゃあ後ろ向く」
「もういいよ、終わった。そっちへ行く。誰もいないよな?」
「抜かりはない」
 千技がカワヤの裏に回ると、そこには暗闇の中に異様な風体の男が立っていた。
 異様な風体──別の時代であればどこででも見掛ける事のあるようなごく普通の格好ではあるのだが、この時代ではまず見る事は出来ない背広──いわゆるサラリーマンの姿であった。
「それ、なんとかならないのか? もっと、ちゃんと溶け込めば……」
 そうすれば、こんなにコソコソする必要もないし、カワヤを覗かれる事もない。
「どんな格好をしても、この時間の人との接触は固く禁じられているからね。どうせ表に出ないんなら、どんな格好でもいいじゃん。これが一番着馴れてるし」
「ま、いいけどね……」
「それより、あのふたりを仲間にしたの? なんで? 出来れば、あまりこっちの人を巻き込まないように──」
「同じだよ」
「え……?」
「多分、俺と同じだよ」
「同じって……彼らも、こっちの時間の人間じゃないってこと?」
「多分ね。そうかもしれないし、違うかもしれない」
「かもしれないって……」
「いや、でも、どっちにしろ一緒の方がいいと思う」
「どういう意味?」
「鉄斉の使う技──」
「九輪字って言ったっけ?」
「下手したら“奴ら”に利用されないとも限らない。狙われる可能性はある。もし俺の勘が違ってたとしても、一緒にいれば少なくともそういう危険は減るはずだ」
「あぁ、鬼は倒せなかったけど、確かにスゴい技だったね。うん、そうだね、一緒の方がいいかもね」
 かなり楽天的な性格のようである。
「それより、後悔してない?」
「後悔?」
「うん、いや、いろいろとさ」
「してるよ。しっぱなしだよ」
 千技はそう笑顔で返した。
「でも、中途半端で逃げちまったら、もっと後悔する」
 笑顔でいながらも、その意志の固さは窺いしれる。
「これまで助けてくれた人たちにも申し訳が立たないし、なんの為に十年以上も修行してきたのか、その意味もなくなる。今さら引き返せやしねぇよ」
「そうだね」
「お前はどうなんだよ」
「僕もだよ。僕も千技と一緒。ずっと後悔してる」
 そう返す背広の男もまた笑顔だった。
「でも、やっぱり僕も、もう引き返せないから。キミと一緒なら、最後まで出来るって、信じてるから」
 どうやら、このふたりの間には目に見えぬ絆──強い信頼関係が結ばれているようだ。
「後悔はしても、間違ったことをしたとは思ってないから」
 一見、優柔不断で臆病そうにも感じるのだが、意外に意志の強いところもあるんだなと、目の前の男に対して千技は思っていた。
「あんまり俺を信頼しすぎるなよ」
 それは千技の照れでもあった。男はその言葉に笑顔を返した。

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