NO.6

□ひとときの気休め
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   *


夜空を見上げる、か。

ふと、以前そんな会話をしたことを思い出したから、さっき帰途につきながら視線を上にやってみた。

皮肉なもんだ。

そびえ立つNO.6、都市を覆った眩しい人工の光は自然の優しい光を遮り、殺す。
逆に凄惨とした西ブロック側の空には天に届くような高い建物もなければ、無機質で無遠慮で無駄なこと極まりない夜間のライトアップも存在しない。夜空を埋め尽くす星空に目が痛くなりそうな程だ。

吐き出した息が僅かに白い。
そう気付いたと同時、空気に溶けて見えなくなる。

溶けて。


「…ッ」


瞬間、聴覚を支配するシャワーの音を聞いた。
足元のタイルを見詰め、頭に勢い良く湯が打ちつける。
どれ程の間こうしていたのだろう。
とてつもなく長い時間が過ぎてしまった気がして、ざわりと焦る気持ちをなんとか抑え込んだ。
きゅ、と蛇口を閉め、タオルで髪の水分をがしがしと拭き取る。
服を身につけ、髪から滴る水滴の為にタオルは首に掛けたまま、部屋へと戻った。


「紫苑…寝てるのか」

心地良い声はいつしか止んでいて、積み上げられた本の壁から顔を覗かせれば、案の定、椅子に掛けたまま目を閉じた姿。

「おまえも今日は諦めるんだな」

紫苑の膝の上で小首を傾げる小ネズミに話し掛けて、開かれたままの『マクベス』を取り上げ、栞を挟んでから畳む。

チェアの隣の机にそっと置くと、透き通るような銀髪が僅かに身じろいだ。

「ん…、あれ、ぼくは…寝ていた?」
「ああ寝てた。疲れたならもう休んだらどうだ?」
「…そうする。ごめんハムレット…続きはまた明日」


その言葉を聞いて膝から駆け降りた小ネズミを、紫苑は視線で追っていたものの、その瞼は眠りを妨げられたのを拒むように、うっすらと開けられた目もすぐに閉じられてしまう。

「おい、聞こえてるのか。あんたがどうしてもそこで寝たいっていうならおれは止めやしないけど、朝になって肩だの腰だの痛いだなんて言わないでほしいね」
「…言わないさ、そんなこと」

まだ眠さを残した声音、よいしょ、と紫苑がチェアから腰を上げる。と思えば、2・3歩歩くとその先のベッドにそのままダイブした。

ばふ! と固めのマットが音を立て、スプリングが悲鳴を上げる。

「もう少し大事にしてくれよな…」
「うん…ごめん、どうしても…眠くて」

ふぅ、と溜息をひとつ。今はこれ以上言っても無駄だろう。

「…明日も、イヌカシのところに行ってくるよ。…身体を洗ってやると、犬たち凄く気持ちよさそうなんだ」
「ならおしゃべりはそのくらいにしてさっさと寝な」
「ああ…そうさせてもらうよ。おやすみ、ネズミ」
「…おやすみ」

言い終わるかどうか、もう既に柔らかな寝息が聞こえ始めていた。





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