NO.6

□ウインターズ・デイ
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頭から爪先までびしょ濡れだった。
雨が降ると、そして特に雨に濡れると、必ず脳裏に四年前の夜が蘇る。出会ったあの嵐の日が。
今にも止まりそうな身体、歩き続けた下水道、肺を打った地上の空気、容赦なく叩き付けられる雨粒たち。
あのとき開かれた窓と、伸べられた手を忘れる事はない。忘れられる事はないだろう。
あの夜起きた出来事は、左肩の縫合された傷跡と一緒に、この身体に刻み込まれて消える事はない。命を繋いだ奇跡の夜として、そして他人の運命を変えてしまった咎として。

今日の雨は夕方から降り始めた。
朝のうちはまだ晴れていたのだ。それが、紫苑に聞くところ昼過ぎから次第に雲が広がり、そしていつものように揃って帰途に着いて間もなく、あの土砂降りの雨となったのだった。
引き返してどこかで雨宿りをするよりも、一気に帰宅してしまう方が近いと踏んだのだが、結局この始末。
とはいえ天気を恨んでみても仕方のない事。
天気と星と時間だけは、どう頑張ったところでヒトの思い通りになんてならないのだ。
そうネズミがかぶりを振ったときだった。

「…ネズミ」
「うわ!」

バスルームに向かった筈の紫苑が真後ろに立っていた。
細い顎を伝って床に水滴が落ちていく。
乾いたタオルを力なく右手に持ち、上半身はネズミと同じく何も身につけていない。
完全なる不意打ちの登場に、ネズミの心臓は悲鳴を上げて暴れ回った。

「な、なんだよ、どうしたんだ」

胸を押さえ、少々よろめきながら、それでもネズミが振り絞った気力で返答すると、

「湯が出ない」

半眼の紫苑は半分不機嫌そうに、そして半分項垂れながらぼそりとそう呟いた。

「…は?」
「だから、あのシャワーは壊れてる」

コワレテル。

…なんだそれは。

今このとき、非常に信じたくない非情なる通告を前に、ネズミの思考は一瞬停止する。

「壊れてる? 冗談」
「嘘じゃない。そもそも嘘を吐くメリットがない」

はは、と引き攣った笑みを浮かべるネズミ。
対して首を振りながら肩を落とす紫苑。
ネズミは見る間に血相を変えて、弾かれたように雨水を散らしながらバスルームへと駆け込んでいった。
そして間もなく、ネズミの声なき悶絶が部屋を震わせる事となる。



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