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□雪の降った朝には
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きっと気に入ると思うわ。

前髪をさらりと掻き分けて、去り際に額にキス。
一瞬で体温が跳ね上がる。
まるで魔法のように、なんて馬鹿な事を考えて、余計に顔が火照ってしまった。
朝食が出来たと、また呼びに来るのを待つのも良い。
けれど。
そろりと毛布の端を持ち上げて、後は一気にばさりと半分に畳む。ついでに身体は起き上がるから、大体此処ではっきりと目が覚める。
エアコンを付けたとはいえまだ冷たい空気を肺に取り込み、吐き出すと、其れはうっすらと白かった。
そしてカーテンの開けられた窓に目を遣れば、窓の外もまた、白かった。
目を見開いて、小さく息を呑む。
裸足には冷たいフローリングも、若干薄手の寝具の肌寒さも気にならなかった。
吸い寄せられるように、ベランダに面する硝子戸に向かう。鍵は凍り付いていて少し固く、もどかしい思いで其れを外し、がらりと戸を開けた。
ぶわ、と肌を刺すような冷気。
吐き出した息の白さが濃くなる。
外は、銀色の世界だった。
うっすらと、爪が埋まる程だろうか。其れでも確かに、此のベランダにも其れ等は降り積もっていて。
夜の間に降ったのだろう、ビルの端からは太陽が顔を覗かせていた。
手を差し出そうとして躊躇する。が、ほんの一瞬の事だった。
幼い頃は、度が過ぎてははしたないと咎められた、けれど今此処に、其れを言う者は居ない。
手摺りを覆った其れ等にまず触れようとして、降り積もった其の侭の其処に跡を付けてしまうのは勿体ないと手を止める。
でも、
…少しだけ。
人差し指の腹で、そうっ、と端をなぞる。
…冷たい。
さら、と動き、波を作る。
指先がじん、と痺れる。
何て、心地の良い感覚なのだろう。
此処らでは滅多に降らない、冬の申し子たち。
思い切って両手で掬う。
余りの冷たさに顔を顰め、其れでも口許は笑みの形の侭。
自然と心が弾んでいた。
冷たさも、手触りも、触れれば直ぐに溶けてしまう結晶も。
全てが大切なもの。
手に入れられたと思った瞬間に、指の間を擦り抜けてしまうのだろう、何か。
フローリングに膝をつき、感覚のなくなり始めた掌で、じわじわと溶けていく雪を、放す事も留める事も出来ないで。


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