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□雪の降った朝には
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冬の朝は寒い。

特にそう、





【雪の降った朝には】





目覚まし時計が軽快に鳴る。
少しすると、隣で寝ていた男がもぞりと動き始める。
男が手を伸ばし、スイッチが切られると、リィン、と余韻が空気を震わせるのだ。
同時にひやりと入り込んでくる冷たい空気。
思わず身体を縮こませ、柔らかな枕にぎゅっと顔を埋める。
毛布やら何やら、数枚の布を被るだけでこんなに温度差が生まれるなんて。
其れは人が生きている証なのだけれど、理由はただ其れだけではないと、ふと錯覚を起こしそうになる。
一人で居るより、二人で居る方がもっと温かいのだ、と。
もう一度ひやりと空気が入り込んだら、代わりに熱源が出ていってしまったという事。
突然広くなったベッドの上で、毛布を巻き込んで更に小さくなる。
寒い。
ひたりひたりとフローリングの床を歩く音、裾の衣擦れ。
ピピッ、と微かな音がして、エアコンが動き始める。
リモコンをラックに戻した音。緩やかに風が送られ始めた音。
見なくても判る。覚えてしまった。此の部屋に此のベッドに此の部屋の立てる音たちに。
そして、此の部屋で迎える朝に。
空気を切るのは、ベランダに面するカーテンが開けられた音。
ところが今朝は、其処にいつもは聞かない音が加わった。

「…ぉー」

…ぉ?
って何だ?

少し気にはなったが、寒さと眠さの前では比べるまでもない。
中等部三年、冬。
もう部活の朝練はない。
だからギリギリまで、もう少し、此の温かさに包まれていたい。


「景ちゃん」

なのに。

「起き?」

此の男が、呼ぶから。
毛布の隙間からちょっとだけ外が見えるようにした。顔が冷たい。

「おはよ」

ちょっと待て、其の正に「クスッ」と形容出来る笑いは何だ。
失礼な。

「ああ、ちょぉ待ちって、」

毛布の隙間をぱたんと閉じたら、また笑う。

「ここ開けて?」

トントン、と毛布の端を指先で突いて、俺が出てくるのを待っている。
眼鏡のない其の侭の優しい眼差しで、笑いながら待っているんだろう。
そう思ったら、無性に其れが見たくなってしまった。
半分眠たい侭の目で、そっと顔を覗かせた。ゆっくりと瞬きを繰り返す間に、

「ええ子やね」

微笑んだ男の長い指に頭を撫でられる。指先と髪の毛が絡まり遊ぶ。

「外、見てみ?」



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