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□恋々(れんれん)
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ただ、君の傍に居たいだけなんだ。

けれど、其れ以上でも、其れ以下の存在でも決して無い。
そんなもどかしさのカタマリに、

浸食されて。











恋々(れんれん)









こんな感情、彼には軽蔑されるだろうか?


2年の夏、此処氷帝学園に転校してきたけれど、初めて見たのはコートに入り、ボールを操る其の姿。
たった1球、たった1打の其れだけで、彼という人のテニスに魅了され、そのうちに、彼という人の存在そのものから目が離せなくなっていった。



それから約半年。
暦の上では春とはいえまだまだ肌寒い2月。
もうすぐ学年がひとつ上がるが、互いに所属する特進クラスは3年間持ち上がりな為、クラス替えという淡い期待を抱く事も無く、平穏に時は流れてゆく。…平面上は。


4階、北棟のいちばん西側。
理系特進クラスである其処から、廊下を渡った丁度対角線、南棟のいちばん東側は文系特進クラスで、今から目指す所。
10分間の短すぎる休み時間では、ゆっくりと往復すれば殆ど残らない。
其れを熟知した上で、今日もまた、同じ経路をなぞって会いに行く。

「跡部ー、すまんけど英和貸したってくれへん?」
「…またオマエか」

大袈裟な程大きく溜息を吐き、眉根を寄せた表情すら、整って綺麗に見えるのだから、此の目は相当イカレてしまっているのかもしれない。そう思わんばかりに、目の前に居る此の人、跡部景吾は洗練された人間だった。
…いや、恐らく持って生まれたものであろう其の容姿、『洗練』という単語は間違っている。ならば何と表すのであったか…

「…オイ、聞いてんのか忍足!」
「! 聞いてへんかった。もう1回言うて?」
「…。もう良い。失せろ」
「悪い、怒ったん?」

舌打ちをした彼の機嫌は一気に最悪。
投げつけられる様に手の中に収まった辞書の重みを、内心しまったと思いながらも聞き返す。
少しやりすぎてしまったかもしれない。

跡部は目線を逸らした侭、代わりに始業を告げるチャイムが応え、

「やば…、ほな借りんで」

踵を返しつつ、振り返って付け足す事は忘れない。

「あんな、さっきのやけど。跡部がいちばん確実で、頼りになって、優しいねん。判る? …ほな、おおきにな」






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