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□sweet rose
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sweet rose










「「……」」

部室にて。誰もが皆、一瞬は口を噤む光景。
机の上で山を成す其れ等は数え切れない程、床には満杯の紙袋が幾つも無造作に置かれていた。
あの従順な後輩は此れ等全てを運ばされたに違いない、其れは疑いようも無く。

2月14日。
此の部室にチョコレートが溢れかえる日である。


「去年もでしたけど、凄いですよね…」
「アイツは毎年こんなだよ」
自分が1年次のときの事しか知らない鳳の言葉に、幼い頃からを良く知る宍戸が、もう慣れたとでも言わんばかり、本人をちらりと見遣り呟く。

本人、跡部は、先程から机に頬杖をついた侭、ぼんやりと1点を見詰め続けている。
其の先は恐らく、手元に開かれた本の活字を追ってはいないだろう、頁を繰る音が聞こえなくなってから暫くの時間が経っていた。


「…アトベ、ねむいの?」
横で机に俯せた慈郎が問うと、跡部は直ぐにいや、と返答する。
其の反応は至って自然なもので、ただぼんやりとしていた訳では無かったのだと初めて判る。
「なーに? …花?」
視線を同じくしようと顔を近づけた慈郎が、見当を付けてみる。
「…あぁ」
正面の机の上に置かれた、殆どが菓子類の中、僅かに混じった花束が幾つか。
其の中でひときわ目立つ、深紅の、

「…!」

思考を遮断するかの様に、跡部のポケットに入れた携帯が短く震え、メールの着信を告げる。
直ぐに目を通し、簡潔な返答を打ち込み、送信し終わるのを少し待ってから、初期画面に戻った画面がぱちりと閉じられる。
再びポケットに携帯を突っ込む、と同時に椅子を鳴らし腰を上げた跡部は、手元の本を静かに閉じて、鞄にしまう。

「かえるの?」
「一緒、帰るか」

少し残念そうに呟いた慈郎の表情が瞬時に明るくなり、うんと頷いて、とても、とても嬉しそうに笑った。


「オマエら、此処の全部持って帰って良いぜ」
「はいはい」「羨ましいぜ全く」
苦笑しつつも、其れ等を快く引き受ける宍戸、他。
全部はとても食べきれないからと、跡部はいつもこうする。
この数では全てにお返しなど不可能に思えるのも、理由のひとつだったりするのかもしれない。


「ん? 珍しいな、跡部」
「あ?」
ふと気付いたような宍戸の言葉に、ドアのところで跡部が振り返った。
「其の、花。持って帰るんだな、珍しく」
珍しい、と再び繰り返す幼馴染みに、跡部は口許を緩め、あぁと答えて、少しだけ笑った。





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