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□紅(あか)と白
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翌日、おれは屋上に居て。
以前は。
部活や授業をこうしてサボっていれば、跡部は探しに来てくれた。
もしくは樺地が、だったけれど、其れは跡部が樺地に頼んでくれての事だから。
目を開けたとき、眼前に広がる深い海底を思わせる蒼の瞳、さらさらの色素の薄い髪、そうして、『サボってんじゃねーよ』と。
そう言って笑う、彼の笑顔が。
大好きだった。
何時の間にか其れはもう幼い頃からの日常になっていて、ずっと変わらないものだと思って、そう信じていて、だのに。
其れ等は徐々に、そうして突然に、身を翻した。
「…アトベ、」
すきだよ。
呟く、言の葉は吹き抜ける風に攫われて、煽られた髪の毛と、はためくシャツの裾が立てる音。
屋上を通り抜けた風は、一体此れから何処に行くのだろう。
グランドの向こう、テニスをする、彼の所へ。
攫った、言葉を届けてくれる?
コンクリートの床に上向きで、組んだ両腕を枕に寝転んだ姿勢の侭、慈郎は目を閉じ、無言で頭を横に振った。
そんな事、してくれなくて良い。
(どっち、なんだろ)
伝えて欲しい。
欲しくない。
どちらの想いも、己の中で、膨れ上がってはそうしてまた消えてゆく。
中途半端な、感情の欠片は何処に攫われた?
今は。
目を開けたって、誰も、居やしないのに。
どうせなら、彼のあの瞳と同じ、青い蒼い、海の底にでも吸い込まれてしまえば良い。
人魚姫の様に、泡になって消えてしまえば良い。
さっきの、あの風は海までゆくだろうか。
人が誰かに想いを伝える為の4文字を、其の身に携えた侭。
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