テニスの王子様のモノカキさんに30のお題

□その手の先に…
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針金の升に、切り取られた青の欠片。
たった何本かの針金に、遮られてしまった。
届かない手。
届きはしない、此の手。

此の手から次は一体何を奪おうというのか。
此の手は未だ何も、何かを手に入れてなど、いないというのに。


「…っ、」
不意に、後方で息を呑んだかの様な気配、先程までよりも強い突風に煽られ其れが足下を掬う。
「っ! …、」
少し後ろによろけた身体は、抱き留められたのではなく寧ろ其の長い腕に後ろから抱き込まれた形で、逆に其れが互いの身体のバランスを崩し、一緒に倒れ込む。

「……」
一気に視界が変わり、座り込んだ姿勢の侭。其れでも未だ身体を離さない此の腕の持ち主に、素直に礼を言うべきか、其れともどう返したものかと暫しの間思案に暮れる。

「…おした…、」
「何や、判れへんねんけど」
遮る様に、発せられた言葉に口を噤む。
其の表情は、見えない。




「景吾、が、……」
言えない。こんな突拍子も無い事なんて。

此の腕の中に居る華奢な身体。其の双眸に湛えられるふたつの蒼。
其の蒼が、広がる此の空の青に溶け込んで消えてしまうのではないかと。
継ぎ目の無い、探し出せない、徐々に異なる青に溶け込んで、消えてしまうのではないかと。

そんな錯覚を覚えたのは此れまでにも一度や二度の事では無い。
唯の考え過ぎなのだと。そう割り切ってしまえるなら造作も無い。
だが其れが出来ないのは何故なのか、此の感情が何を指し示すのか、其れが、判らない。

言える、訳が無い。




「…忍足」
沈黙を続ける男に遂に痺れが切れた。
「どういうつもりかは知らねぇが…、離、…」
途端に、強められる腕の力にまた言葉を途切れさせる。

「…離せよ」
僅かに、首を横に振る感触が伝わる。
オマエらしくもねぇ。
…なぁ、今何を思ってる?
何が、オマエの衝動に訴えかける?


ふと空を見上げ、笑った。
「…見ろよ、」
遮るものは何も無い。
其処にはまた広がる、青。その中にたったひとつ。
無意識に右手を持ち上げ、伸ばした―何かを求める様に。


「月だ…」


青い青い空間、其の中にたったひとつ、白き光を湛えた地球照。
永遠をも思わせる、遠い遠い昔から存在し続ける其れ。
だからこそ、月は名残惜しく、哀しいのだろう。古人達は、其の溢れんばかりの想いを月に手向けたのだろう。
何故か、不意にそんな事を思って。


「…景吾…っ、」
伸ばした右手、其の絡め取られる指にさえもどかしさを覚え、躊躇いを片隅に追い遣って舞い降りた其の唇を享受する。
そうして、自分も今まで其れを求めて止まなかったのだという事を知る。だから、此の場所に来、そして留まっていたのかもしれないと。

抱き留める此の腕は、手は、今、此の手の中に有る。
存在する、確かなもの。
自分の中に溢れる感情に耐えられないというのなら、吐き出せば良い。其の手段は、人それぞれなのだから。
コイツと俺の其れが、此れだというのなら、其れは、其れで良い。




















―了
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