text

□sugar
1ページ/3ページ






言うなればそう、砂糖だ。
砂糖の甘さ。


常温でどろどろに溶けてしまいそうなくらいの、べたつく糖度。





【sugar 1004】





「『景ちゃんの誕生日は10月4日やろ』」

…また始まった。

ふぅ、と盛大に息を吐き出し、半目となった跡部景吾は、凭れかかってきた頭を跳ね上げるようにしてそっぽを向く。
こちらが言わないのは判っているので、相手も気にしていない。相手役の台詞を勝手に進めていく。

「『侑ちゃんの誕生日は10月15日やで』」

…勝手にやってろ。

ソファの正面のテレビ。レンタルショップで借りたというDVDの、今し方終わった数年前の話題作のエンドロール。
次回作の予告に見入っていた忍足、もといバカ足侑士は、まだ覚めやらぬ余韻の中だ。視線は画面に向けられた侭で、歯の浮くような台詞を繰り返す。

「『ちゅう事はや、俺がこの世に生まれてから景ちゃんがおらへんかった事は、今までたったの一秒もあれへんねん』」

何故関西弁なのかはさておき、映画版とは微妙に違う解釈が含まれてないか?
ああ、こいつ確か小説版の方も好きだとかぬかしてやがったな。
…まぁ、どうでも良いが。

初見では号泣していたし、今だってよく見れば若干目が赤い気がする。
あのときは本当に、ただ驚いたなんてものじゃなかった。
此のソファに同じように掛けて、クッションを抱き込んで退屈を紛らそうとし始めた頃だ。
突然嗚咽が聞こえて何事かと隣を見て。
タオルだかハンカチだか知らないが口許を覆った忍足の視線は画面に釘付けで、其の頬をぼろぼろと…

(なっ、泣いてやがる…!)

あまりにも驚いたので、元々乗り気でなかった映画の内容など全く頭に入らなくなってしまった。
不意に、綺麗な泣き方しやがるな…なんて感想が、一瞬でも脳裏をよぎっただなんて一生の不覚で、其のときはもう、ただただ、まじまじと其の横顔を見詰めてしまったものだ。

まさか10代も半ばを過ぎようという男が映画に泣くとは。

「『俺が生まれてきた世界は、景ちゃんのおる世界やったんや』」

…ああ、反吐が出る。

「おい、いい加減にしろ。テメェの好みのヒロインみたいに、ほいほい死んでたまるかよ」
「何、妬いとんの?」
「あぁ?」

声のトーンを落とし、ぎっと睨み付けたのと、吹き出すような忍足の笑いが重なる。

「笑い事じゃねぇぞテメェ…」

そうとは言ったものの、あまりにおかしそうに笑うものだから次第に怒る気も失せてしまった。

「景吾らしいわ」

ひとしきり笑った後で、大きく息を吐き出した忍足はそう締め括ると、手元も見ずにDVDの終了画面をリモコンで消した。
突然しんとした部屋に、其の所為でわざとらしくさえ聞こえた微かな音を響かせて、仕掛けられた触れるだけのキス。

「悪い、機嫌直して?」
「あ? 行動と言動の順番が逆なんじゃねーのか? それに直せと言われるようなもんは何もねぇな」
「もー。つれないなぁ…」
「バーカ」

今度はこっちが笑ってやる番だろう。どうせならついでに仕掛けてみても面白いかもしれない。

「今のは何のつもりだ? 遠慮でもしてんのか、馬鹿」
「あのー…、物ッ凄い遠回しに聞こえるんやけど…、ひょっとしてそれ誘うてる?」
「さぁ…どうだかな」

余裕を口の端に乗せて、見据えて笑ってやった。

「…試してみるか?」





言うなればそう、砂糖だ。
砂糖の甘さ。


常温でどろどろに溶けてしまいそうなくらいの、べたつく糖度。



でも結局、糖分がなけりゃ、人ってのは生きていけないらしい。


だから、これはきっと糧なんだろう。

俺が明日も生きる為の。





―了

→oshitari





Happy Birthday
   to Keigo Atobe!!
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ