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□藍色模様
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信じられないといった声で、目を丸くする跡部に。

「だっておれ昨日誕生日だったよ?」
「祝ってなかったつもりは無いが」
「もうひとつだけ。ね?」

言って、そっと前髪を掻き上げたら、びくんと細い肩が揺れた。

…弱ったな。怖がらせるつもり、無かったんだけど。

「…うーん。やっぱ、いいや。うん」

目線を逸らした。

状況は多分悪くない。
言い方がまずかった。
寧ろ俺の立場がまずかった。

本当に好きなのは俺じゃなく、アイツなんだって。
お互いに好きなんだって。必要なんだって。
俺じゃ敵わない事だって。…知ってるけど。

「…馬鹿じゃねぇか、オマエ」

ぐい、とタイを引っ張られて、頭が前に引き寄せられた。

「言いかけといてやめんなよ」

間近にある、あおいめ。
眉根は少し険しく寄せられて、声質は少し硬い。

「それにな、オマエからするんじゃ誕生日の意味ねぇだろうが」

…え?

ふわり、右頬に触れた。
一瞬だけ。
たった一度だけ。
柔らかい、唇の感触。

「……今回だけだ」

目を背けたのは今度は跡部の方で、口許を押さえて横を向く。
ああ何だよ何のつもりだよ全くどうしてこんなものがこいつは欲しいんだ意味判んねぇしかもなんでしっかり応えちまうんだ俺は馬鹿じゃねぇのかいやでもやっぱそんな事言い出す方が悪いつまりコイツが、とか、心の中で考えてるのはこんな所ですか?
表情見たら大体判るよ。何考えてるかくらい。

…ねぇあとべ、どうして、そんなに顔が赤くなってるの?

「あとべ…」

何だか嬉しくて、思わず抱きついた。

「すっげ嬉しい。マジで! ほんと俺これからどーすればいいかなってくらい!!」
「ッ、まず黙れ!」

口を柔らかな掌で塞がれて、此処が図書室なんだって事を思い出す。

「ご、ごめんっ、……けど。さんきゅーな、あとべ」

笑って言ったら、

「いくら誕生日だからってこんなの聞いてやったのオマエだけだからな。…ったく」

凄く嬉しい限定系が聞こえたから。


けど、此れは恋愛対象としての限定ではない訳で。
つまり、結局俺の立場はどうなのっていうと、単なる幼馴染みの枠から出られるどころか、ますます深みにはまって。
結局「跡部のキス」なんて餌に食い付いて、余計に迷宮の奥に迷い込んだんだ。
本当の跡部は迷宮なんて知りもしないで。
ずっと遠くに居て、アイツとふたり、笑いあって。
俺が、迷ったとき、どんな風にふたりを見上げてるかを知らない。
俺が、迷ったとき、どんな風に視線を逸らしてるのかを知らない。

だけど、今は、此処に居てくれるのかな。
今だけは、一緒に。


「…ね、次サボんね?」
「駄目に決まってる。急がないと」

立ち上がりかけた跡部を、本鈴が強制静止させた。

「あーあ。始まっちゃったじゃん? ほら」
「……っ。ジロー…」

ふるふると、拳が震えてる。

「まぁまぁそう怒らずに。ほらちょっと座りなよ?」

恐る恐るだけど言ってみれば、跡部は盛大に溜息をついて、そしてもう一度床に腰を下ろす。

「…今回だけだ」
「やたっ!」

小さくガッツポーズをしたら、拳で軽く小突かれた。反省しろ、とでも言わんばかり。
…もっと小突かれても良いんだけどな。こんなシアワセに似た気持ちになれるなら。


ごめんねおしたり。
あとべ、借ります。

ふしぎだよね。罪悪感全然無いんだ。
もう返さないかも。
…そしたら、どうするのかな?

勿論、「返さない」なんて事は無いと判ってる。
何も言わなくても跡部は帰るよ。そっちにね。

だってあとべのとなりにいるのはおれじゃないから。


胸があったかくなって、そして一気に冷えて。
まぁいいや、と割り切った振りをする。
少しじんじんとし始めた頭を押さえながら。
うららかな午後の図書室の隅、ふたり、笑った。




















―了



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