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□藍色模様
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「あとべ」

呟く。

「あーとべ」

誰も居ない部室。
しんとした空間に、響いて、消える。

「…すき。だよ」

たとえそのとなりにいるのがおれじゃないとしても。










藍色模様









「…ぃ、……ロー」

んー?
なんだか声が聞こえる。

あのこえ。
優しくて、凛と通ってて。
いつだってそこにいた。



「…ジロー。起きろよ」

緩く肩を揺すぶられて、目が醒めた。

「ん…? あれ?」
「『あれ』じゃねぇよ、ばぁか」

目の前に居たのは、夢の中でさえも呼んだその人。
蒼い双眸は優しく細められて、困ったように笑う。首を傾げると同時に薄褐色の髪がさらりと揺れた。

あ、そっか。ここ図書室だ。
そして今は昼休み。
目の前の人、跡部の、左手に抱えられた数冊の本を見てそう思い出す。

「全く。どーやったら図書室の床なんかに座って寝れるんだ?」
「…うーん。どこもいっぱいだったし。昼休みだし」

保健室はベッド使用中、屋上には誰かが来そうで、部室まで行くのも面倒で。
図書室の、滅多に人が来ない一番奥の、辞典だの図鑑だのが置いてある列で、眠る事に決めた。
…あ、でも確かにちょっとおしりが痛い。

本棚に凭れた背中はじんじんとしびれているし、伸ばした脚は床材独特のあの冷たさをそっくり其の侭受け取った様だった。何より凝り固まった首を、ぐるりと回そうとして、動かなくてやめた。
無理矢理動かすと逆に痛くなる。焦りは禁物なのだ。

「ほら起きろよ。昼休み終わっちまうぜ」
「…メンドウ」
「あぁ?」

答えると、綺麗な柳眉が不機嫌に歪む。
眉間にシワ寄っちゃってるよ、あとべ?

「そう怒らずに。まぁちょっと座りなよ?」
「…予鈴鳴るぞ」
「いいから」

しゃがみ込んでいた跡部は暫し沈黙して、ふぅと息を吐くと、向かいの本棚に凭れる形で床に座り、手に持った本を其の本棚の一番下の棚に寝かせて置く。
長い脚を、片足だけ立てて。

「…これで満足か」
「うーん。こっち側おいでよ?」
「知るかよ。テメェで来い」
「…。じゃあ行こ」

手首の時計を気にして、跡部はちらりと其方を見る。
其の間に、慈郎は「よいしょ」と床から腰を上げて、膝と手で床を歩く。

「あーとべ」
「…あ?」

座った跡部の、頭の上の棚に手をついて。
ちょっとだけ、上から見下ろす感じ。

…慣れない。

いつだって、きみの方が少しだけ背が高かった。
いつだって、きみはずっと先を走ってた。

「…ね、キスしてい?」
「……は?」




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