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□キミとの四季。
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「そんなに見たかったのかよ?」
「何が?」

聞き返せば、月、とぞんざいな応えが返る。

「そうやなぁ…、別に絶対見なあかんて訳や無いねんけど、」
「…ああ?」

じゃあ何故、と聞き返す様な視線。

「月見てると、ちゃんと生きてるんやなぁて気分になれるねん」
「……」
「宇宙とか、考えて。ほんまに凄い偶然で今が有るんやなぁって。俺なんか、凄い小っさい存在なんやなぁ、て」

夜空に瞬く星々、手が届きそうで、けれど勿論届く筈も無くて。


「今此処で死んだかて、何も変わらんのやろうな、て。昔、そう思ってたんよ」


其処まで言って、少々喋りすぎてしまった事を知る。

「嘘。何でも無いわ」

己の口の軽率さに腹立たしいとは思うけれど。
今更、思い返して見たところで、どうにもならない過去。




「……『この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば』」
「…藤原道長、」
「ああ」

不意に、紡がれた古(いにしえ)の歌。
時代を我がものにし、長い年月の栄華を手にした一族の最盛者が詠んだ歌を。
其の作者を呟けば、是の応え。
意図が読めず、口を噤めば、


「欠けない月なんて、ねぇのにな」


零れた、言葉に瞠目する。
其の響きは余りにも物悲しい、其れ。



「勿論、満ちねぇ月だってねぇけどな」

だから、と。


其処で言葉を切った彼の横顔は、酷く儚くて、其れでいてとても綺麗で。



空の月は欠けてしまうけれど。

欠けない月が、此処には在ると。
そう、思って。


漸くひとつ頷いたとき、ゆっくりと頬を伝った何かが、強く握り締めたシャツの袖を僅かに濡らした。





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