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□キミとの四季。
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「…雨か」
--キミとの四季・番外--
七夕
「……雨、やな」
駅地下の出口に向けて歩いていると、ぶわり、湿った風を感じた。
雨が降る寸前の、あの匂い。
湿っぽくて、どこか泣きたくなるようなあの匂い。
そう、今日は七夕だというのに。
天気予報はどうだっただろう?
あまり記憶に留めてはいなかった。確か曇りだったような気もするのだけれど。
忍足侑士は少しだけ歩みを速めた。
両側の店舗、街角のテレビが今日は一年に一度の夜だと告げる。
遙か昔中国から伝えられたロマンティックなお伽噺。
初めての恋は互いに仕事すらも忘れさせてしまったのだろう。
いつまでもそんな事ではいけないと、引き離されて。
愛しい相手に逢える事を励みに自らの仕事をこなして、一年を過ごす。
一年にたった一度だけ、逢う事を許された其の日を夢見て。
雨が降ると、あのふたりはどうなるのだっただろう。
確かこんな疑問を、ずっと前にも持った気がした。
書棚の本を漁って、幼いながらに、其れを知って心が温かくなった。
なんて優しい、そして少しだけ悲しくなる伝説なのだろう。
夜空を見上げ、煌めく天の川に想いを馳せた。
そして其の話を、数年後にした事がある。
あのとき問うた、彼の答えは奇しくも同じもので、思わず笑い合ってしまった。
確かあのときも、雨だった。
其れは帰路について直ぐ、突然の雨で、生憎傘は持ち合わせてはいなかった。
肩を並べて走ったあの日。ウチで雨宿りでもする? と彼を招いたあの日。
何もかもが懐かしい、あの日々。
目を閉じ、息を吐き出した。
いつだって思い出せる。
夢だったんじゃないかと思える程に、今から思えば信じられない。
彼のようなひとと、過ごせた時間。
『いつまでもそんな事ではいけないと、引き離されて』
妙な酷似感を覚え、苦笑する。
もう何年逢っていないのだろう。5年、6年?
元気にしているだろうか。
本当に久し振りに、自分は、再び彼の町に降り立った。
逢えたら良い、なんて淡い期待を胸に。
風が一層強くなった。
階段を上りきった其処は地上で、明らかに怪しい雲行き、まだ昼間だというのに薄暗くなった世界に、道行く人の歩みも何処か速いようで。
今日も手持ちは無い。
けれど少し雨に濡れたいような心地もしていた。
あのときと重ね合わせるように。
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