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□キミとの四季。
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『木漏れ日の頃』 春−Ver.跡部−
頬杖をついた掌に載せていた、頭がかくんと落ちた。
ゆっくりと薄く瞼を開き、暫しの間、まどろみの中にあった事に気付く。
陽射しはぽかぽかと暖かく、肘をついた出窓が白く光を反射して、其れがとても眩しくて、跡部景吾は再びゆるりと目を閉じる。
緩やかな、風が吹いた。
真白のカーテンを揺らし、部屋の中に流れる。
夢心地の中で、思い出していた。
もう5年も前の事。
まだガキだった。
いくら周りから大人びていると言われようとも、そういった経験だけは人並みに積んでみても。
過去から逃げようとした、
時間が止まれば良いのにと願った、
未来なんて来なければと、目を背けた、
まだ15の、ガキだった。
(けれどもう、済んでしまった事)
月日が経ったからといって、結局何が変わったのかと言えば、そう大した変化はなかった様に思えた。
強いて言えるなら、あのときを思い出すだけの余裕が持てるようになったのかもしれなかった。
5年掛かった。
情けない話だけれど、あの頃を吹っ切れる様になるまで、記憶のひとつとして思い起こせる様になるまでに。
今頃、夜の闇を思わせる漆黒を纏ったアイツは、何処で何をしているのだろう。
闇は何処までも深くて、其の瞳に何処までも見透かされるような気がした。
引き込まれて、二度と戻れないかもしれないとさえ思って、けれど周りを包む黒はただ暖かく、優しく。
過ごした時間は長いようで、余りにも短くて。
だのに未練がましい己の記憶はいまだに、アイツという存在を其処から消せないでいる。
誰よりも大人ぶって、本当は誰より子供で、誰よりも痛みを嫌った人。
そして誰よりも、自分を求めてくれた人。
「いま、何してんだろうな…」
薄らと目を開き、眩しさに負けてしまわないうちに呟く。
「…俺は」
逢いたいんだろうか。
「!」
突然ばさばさと羽音がしたと思えば、外に突き出した出窓の端、小さな白い鳥が舞い降りる。
「何だ…おまえまた来たのか」
跡部が笑い掛けると小鳥は僅かに首を傾げて、水の入った平らな器にちょこちょこと近付き、喉を潤した。
此処最近、いつからか、此の窓にやってくるようになった小さなお客の為に、僅かながらのもてなしを考えるのがささやかな楽しみみたいなものだ。
羽を広げて小さなくちばしで整えたり、置いておいたパンくずをつついたりもしていたが、暫くすると、小鳥は不意に再び飛び立つ。
頬杖をついたまま其れを眺めていた跡部は、はっと顔を上げて、飛び去ってゆく軌跡を追った。
そう、いつだって唐突だ。
出会った事も、そして別れでさえも。
…全く、どうして今日はこんなに悲観的なんだろう。
其れは、あんな夢を見たからだろうか。
「……、侑士」
目を閉じて呟くとふわり、風が吹いて。
もう聞こえる筈は無いけれど、青空に舞った鳥の羽音が、もしかすると耳の奥に残っていたのかもしれない。
『けぇご』
と。
寝起きの掠れた声で、甘ったるい声音で、ベッドの中で、耳元で。
『景吾』でも『景ちゃん』でもなく、『けぇご』と。
聞こえた耳から身体中に響いて、なんだか本当にくすぐったくて、でも其れが。
そう呼ばれる事が、好きだった。
…そう、もう昔の話だ。
もう聞こえはしないけれど、あの優しい声が、もしかすると耳の奥に残っていたのかもしれない。
其のひとかけらを、跡部は遠く彼方に聞いた気がした。
―了
次→言い訳+あとがき。