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□ウインターズ・デイ
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再び気の抜けるような音を聞いて、降り立った廊下は外よりはまだ風雨を遮る、其れでも寒さは防ぎ切れない、中途半端な温度の空間。
今度は跡部を追い越した忍足が、鍵を回して絶妙のタイミングでドアを開けた。

「はいどーぞ」

白いマフラーに隠されていても、ふ、と其の口許が緩んだのが判る。
歩みを止める事なく玄関に入る跡部の背中に、

「先、風呂入りや」
「あ? 当然だろ」

声を掛けるも素っ気ない返答、玄関に残されたのは脱ぎ放された靴と床上の雨水。
自分のと二足分の靴を揃え、二つの鞄はひとまず玄関口に。
点々とバスルームへ続く水滴を追って、手前の戸棚に無造作に掛けられたマフラーとコートを回収する。
再び玄関まで戻って、自分のものも同様に軽く水分を払い、其れ其れを壁のハンガーに掛けていく。
そうするうちに聞こえ始めたシャワー音。
ふとバスルームまでの廊下を振り返り、

「…後で拭いとかな、」

課せられた床掃除に忍足は小さく肩を落として、自らもまた水滴を散らした張本人である事に思い至ると、溜息にも似た息をひとつ吐いた。
濡れた床を更に濡らしながら再度廊下を進み、戸棚の中から長さの違う二枚のタオルを取り出すと、長い方、スポーツタオルは頭から被る。短いもう一枚はフローリングに放った。
ついでに拭いておきたいのは山々だが、まずは入浴中のお姫様の為に着替えを用意しておかなければならないだろう。
今や濡れ雑巾にも等しい靴下は脱いでリビングに向かい、電気をつけて、エアコンを始動させる。其れともう一つ、コンセントを差し込む事も忘れない。
クローゼットと浴室を往復し、其れから漸くリビングに落ち着く。
眼鏡を外してキッチンカウンターへ。テレビをつければ室内に広がる硬質な音。
慣れた手つきで長方形の箱を叩き、フィルタをくわえて火を点ける。
刹那、覚えた近似感。


『――所により昼過ぎから雨が降るでしょう。明日は折り畳み傘をお忘れなく……』

――…天気、何だって?
――ああ、降らへんみたいやで。

後方から聞こえた声、忍足は振り返らない侭に夜までは、と付け加え、バスルームから出て来たばかりの跡部は、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを傾けながらふぅんと呟いた。其れが、昨夜の事。
まるで深呼吸でもするかのように細く紫煙を吐いて、忍足は宙空を眺める。
昼過ぎを夜と嘯いたのは、強いて言うなら無意識の意図による。
所詮予報は予報でしかないから、外れる事も勿論ある。其れに例え雨が降ったとして、迎えを呼ぶと言い出さないとも限らない。
だからある意味、賭だったのだ。


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