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□ウインターズ・デイ
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ウインターズ・デイ





「鍵、」
「待ってや、今…」

師走も暮れ、夕刻。
オートロックマンションのロビー、ロックを解除する鍵穴と、ボタンが並ぶ台の前。二人の少年が佇む。

「アカン、感覚が」

あらへんわと呟いた忍足は、其の侭右手を口許へ。吐息を吹き掛けて温めた指先は直ぐにまた冷えてしまうのだけれど、ポケットから鍵を取出すまでのほんの僅かな時間、触覚を取り戻すには充分で。
漆黒の瞳、漆黒の髪、整った鼻梁と、眼鏡の奥の涼し気な目許。
一目で其れと判る都内有数の名門校の制服の上に、羽織っただけの黒のコート、マフラー。其れから指定のバッグが二つ。其れ等の特に上部は総て水分を含み、しっとりと冷たい手触りと共に、色味としての暗さが強調されている。
ロックが外れ、音もなく横滑りを開始したドアを、其れが当然だと言わんばかり、先に潜り抜けるのはもう一人の少年。
同じ制服、しかしコートの前はしっかりと閉じて、跡部は真白のマフラーに顔を埋める。
僅かにひそめられた柳眉、雨に濡れた髪は鈍い鳶色、毛先を伝った雫がマフラーやコートの肩に落ちては、色を変えた其れ等に馴染んでいく。
空を覆った灰雲、薄暗いロビー、モノトーンから黒へと近付く世界の中で、しかし唯一鮮やかなもの、蒼の双眼。
制服や鞄さえ見えない角度からならば、彼等の15歳という実年齢は殆ど意識されない。実際私服を着ていれば、高校生や其れ以上に間違われる事もしばしば。
立ち止まり、振り返って一瞥を寄越した跡部に、小走りで追い着いた忍足は苦笑を浮かべて、正面の壁、三角印のボタンを押した。
柔らかなオレンジの光が薄闇に燈り、エレベーターが一階に向かって移動を始める。

「やけど、夜から降るって言うとったんになぁ?」

濡れ切った前髪を掻き上げて忍足が口を開けば、鼻で笑った跡部は些か不機嫌。

「…お前の言う事を真に受けた俺が馬鹿だったぜ」
「正確にはお天気おねーさんの言う事やけど」
「其れを言うなら気象予報士の所為だがな」

ぽぉん、と気の抜けるような到着音、光に溢れた箱の中に乗り込んで、階数ボタンを押すのは勿論跡部ではない。
学校を出たときからコートのポケットに突っ込まれた侭の其の両手は、恐らく忍足の其れよりは遥かに温かいだろう。だが道中で幾度となく吐き出された白い溜息が、其の予想を予想でしかないと裏付ける。


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