NO.6
□’08バレンタイン企画:紫苑
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☆紫苑
その日、ネズミは両手に抱えきれない程の大きな包みを持っていた。
「どうしたんだ、それ」
「ちょうど良かった、半分持ってくれない。この侭じゃあ前も見えやしない」
受け取った包みの中には箱やら袋やら、いわゆるプレゼントというやつが満杯に入っていて。
聞くに、心優しいファンたちからの差し入れとか何とか。
…こんなに沢山?
そして、結局ネズミはその全部を、帰り道で綺麗に売り払ってしまった。
差し入れを貰ったときはいつも同じ。
帰り道で即換金だ。
受け取りからの流れるような売却劇に、差し入れた人の方が可哀想じゃないかなと思ってしまう。
だから今日も、売ってしまって良かったのか、と聞こうとして、ふと止めた。
今日はバレンタインじゃないか。
そう気付くと、ネズミが総てを売ってしまった事が、残念ではなく何故だか寧ろ、清々したような気分になって。
そんな自分に疑問符。
よくわからない。
「ねぇ、ネズミ」
いつものように本を読んでいたネズミは、気怠げに顔を上げた。
「こんなものしかあげられないけど…、貰ってくれる?」
ネズミは瞬いて、沈黙。
何の事はない。
二三日前の残り雪を、丸めて重ねただけのもの。
なり損ないの雪だるまだ。
「それは…、どうも」
溶けた水が滴らないように乗せた器ごと受け取って、ネズミは少しだけ目を丸くする。
それからふと合点が行った顔になり、いつもの役者口調でぼくの手を取った。
「有難き…、幸せに御座います、陛下」
手の甲に唇を押し当てて、それから一気に破顔した。
「馬鹿だな、何やってるんだよ。こんなに手、冷たくしちゃって」
その笑顔に何故かぼくはとても安心して、どう致しまして、と呟いた。
ねぇネズミ、これならきみも、売りには行けないだろう?
end
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以前、メールにて配布させていただいたものです。