NO.6

□親の心子知らず
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紫苑の帰りが珍しく遅いから、小ネズミたちがおれにまで本を読めと言ってきた。
まぁ、元々これはおれの仕事だったんだがな。
たどたどしいながらも真剣な紫苑の朗読は、小ネズミたちのお気に召すところとなったらしい。
最近じゃ、おれはお払い箱扱いだったという訳さ。

読み慣れた『マクベス』を開いて活字を追っていく。

それにしても、遅い。

どうしたのかと一抹の不安が胸をよぎる。
声が止まってしまい、小ネズミたちも不安そうな目をこちらに向けてきた。

「…気にするな。『有能な』ボディーガードがついてるらしいからな」

「有能な」にわざとらしく嫌味を効かせ、肩を竦めてみせた。
だが、気にならない筈もない。
もしかしたら、と逸る気持ちを抑え込むのに精一杯で、なかなか朗読を再開出来ない。
一度深呼吸をし、再び息を吸ったところで、地上に繋がるドアが小さく音を立てた。
思わず本を手にしたまま立ち上がる。小ネズミたちは一歩先にドアの方へと駆けて行った。


「ただいま…」

扉が開き、紫苑の姿が見えた途端、その全身に赤いものが付着していて息を呑む。


「紫苑…どうしたんだ」



暗い中でそれらは一瞬、血に見えて、冷や汗が静かに背中を伝う。


「あぁ、これ?」

だが何でもない声で紫苑は答えた。
当然だ。
紫苑が裾を払うと、床にひらひらと落ちていく赤。
紫苑の全身に付いていたのは、真っ赤に紅葉したカエデの葉だったのだ。


「帰り道でリコに飛び付かれて…転んじゃったんだ。二人とも葉っぱだらけになっちゃってさ…」
「…あ、そう」

脱力した。
本当に脱力した。
何だって、心配なんてしてしまったんだろう。
こんな「超」天然のお坊っちゃん相手に。

「まったくあんたは何を考えてるんだ。部屋の掃除が増えちまったじゃないか」
「ごめん。でも凄く綺麗な紅葉だったから、ネズミにも見せてあげたかったし…。それに、落ち葉の上に転がるのって、あんなに気持ちが良いんだ。初めて知った」

…出た。
ああもう。
あんたは本ッ当に手の付けようがない、天然馬鹿だ!

ネズミもやってみようよ、なんて言い出すものだから、適当に言いくるめておれは風呂に入る事にした。


あんたのママに敬服するよ。これは、マジだぜ。





―ちゃんちゃん。



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