NO.6
□火傷
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火傷
「ぁつっ!!」
「…どうせ火傷でもしたんだろう?」
全くこのお坊ちゃまは…と溜め息を吐きながら、読んでいた本をぱたりと閉じて、ネズミがソファから腰を上げた。
「たまに『ぼくだって料理くらい出来る!』なんて力説すると思ったら、これだ」
「う、うるさいな!!」
「ほら、見せてみろ」
掌を上に、しぶしぶ右手を差し出す。
人差し指の先。
「鍋の縁が…」
「…ふぅん」
ネズミは目を細め、上体を屈めるようにして、指先を覗き込む。
赤く、周りの皮膚よりも痛々しい色。
皮膚がぴりぴりと悲鳴を上げている。
そこまで酷いという火傷ではないけれど、早く冷やすに越したことはない。
そうは思ったけれど、ネズミが指先からなかなか目を逸らさないものだから、手を動かすのも何だか悪い気がして、そのまま動きを止めていた。
「陛下、御手を」
差し出していた右手を取り、手の甲を上に向け直して、ネズミがその場に跪く。
突然の動作に少し困惑する。
「ネズミ? 何を…」
赤い舌が、覗く。
「なっ…!!」
臣下が王にするように。
忠誠を誓う手の甲への口吻けのような、しかしその唇が辿ったのは指先への道。
赤い火傷を、赤い舌が。
一瞬のこと。ちろりと舐める。
瞬間背筋を何かが走って、もう少しで息が止まりそうになった。
「こんなもん、舐めときゃ治るね」
顔を上げ、ははん、とネズミは笑った。
こちらの反応なんてお構いなしに、だ。
「きみは…芝居掛かりすぎだ…」
「お褒めにあずかり光栄です、陛下」
眉間を押さえ、呟くと、舞台俳優は右手を心臓に。
滑らかな、それはそれは優雅な礼をしてみせた。
ああ、時折ぼくは色んな意味で言葉を失う。
そして数日後、指先の火傷は、ネズミが言った通り綺麗に治っていた。
けれどそれで終わらないのが…、何というか、まぁ、…ぼくのドジなところだ。
「ぁつっ!!」
「…今度は何だ?」
「白湯が…熱すぎて」
はぁ、と盛大に溜め息を吐いて、今日は椅子代わりのベッドから、ネズミが腰を上げる。
一人掛けのソファには紫苑が座っているからだ。
「見せてみろ」
何だかいつもこんな調子だ。
しぶしぶ舌先をちらりと覗かせる。
ネズミはソファの肘掛けに左手をついて覗き込む。
ソファの微かな軋み、そして沈黙した部屋の中、流れる心地のよい声。
「赤くなってる」
勿論、心地よいのは声だけで、聞こえた内容は全く嬉しいものではなかったけれど。
「…やっぱり」
これから2・3日は、食事が面倒になりそうだ。
ふぅ、と肩を落としたら、伸びて来たネズミの右手に顎を捉らえられた。
「ご無礼をお許し下さい、陛下?」
「ネ、ネズミっ?! まさか……ッ?!」
それは一瞬の事だった。
刹那、珍しくも紫苑の悲鳴が、部屋中に響き渡る。
「ぎゃぁああ!!」
「何だようるさいな」
「な、な、何を!!」
口をぱくぱくさせながら言うと、ネズミはいつかと同じく、ははんと笑った。
「こんなもん、舐めときゃ治るね」
「舐めるにしても場所が問題だ!!」
「そうか?」
「だって…きみが舐めたのはぼくの舌であって、つまりその為にはキスした上でぼくの…その」
「はいはい。全く…、陛下は思考が不謹慎であらせられる」
「ふきんしん…ってちょっと、ネズミっ!!」
ぼくはそんな思考を持った覚えはない!
そう言うと、ネズミは意地の悪い笑みを浮かべて、
「顔が赤いと説得力ないぜ」
「赤くなんかない!」
「赤いってば」
「赤くない!!」
ああ。
ドタバタな日常は今日も続く。
ちゃんちゃん。(終われ)
久々のTEXT更新がこんなのですみません。