NO.6

□ひとときの気休め
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ひとときの気休め





ここじゃ、そんな風に夜空を好き好んで見上げましょう、だなんて、おめでたい考えの奴は居ないぜ。

ここ、西ブロックに来て間もない頃、彼は嗤ってそう言った。

「そんな悠長なこと言ってられんのは、寝床もなく道で死んでく奴等ばかりだろうよ」


エリア外に出た今でこそ、NO.6の内部が、いかに作りモノで埋め尽くされていたのかが良く判る。

調節された室内環境、義務付けられた学習制度、固定された居住区、そして保証された、未来。

IDカード、幼児検診、数々のランク、全てがそれ等に振り回され、全てがそれ等の上に形成されていた。


真実を知りたい。
恥ずかしい台詞だと言われようが何だろうが、そう思ったのだから仕方がないじゃないか。


チチッ。

耳元で、ハムレットが続きを促すように小さく鳴いた。

「あ、ごめん」

膝の上の本に再び視線を落とし、声に出して『マクベス』を読み始める。

全ては、あの嵐の夜に始まった。
いや、もしかするともっと昔から、ずっと。


「まだ起きてたのか」

部屋の入口のドアを開け、超繊維布を首に巻き付けたネズミが顔を覗かせる。

「おかえり。随分遅かったんだ」
「まあね。あんたはまた『マクベス』?」
「ハムレットが読んでくれって」
「あんたの朗読が余程気に入ったらしい。当分、読み続けてやらなくちゃな」
「それは光栄だ。そうなの、ハムレット?」

応えるように、茶褐色の小ネズミは短く鳴いた。
と、ネズミが小さく吹き出す。

「変わってる…あんたって本当、変わってるよ」
「それはお互い様だろ」
「何か言った」
「いいや何も?」

どうだか、と肩を竦めて、ネズミは剥ぎ取った首の超繊維布をベッドに放り、バスルームへと向かう。

「ネズミ」
「うん?」

高く何冊も積み上げられた本の陰に隠れて見えないが、足を止めてこちらを振り返ったのが気配で判る。

「いつか…いや、どうでもいいって意味じゃないんだけど」
「何」
「きみの、舞台を観てみたいなって。そう思ったんだ」

沈黙、そして、ふっと笑ったのが空気に乗って伝わってくる。

「そいつはえらく高くつきますが本当に宜しいので、陛下?」
「機会があれば是非」
「では、機会があれば」

同じ言葉を繰り返し、例えその場繋ぎの返答だったにしてもとりあえずの了承を示して、浴室のドアがぱたりと閉められた。少ししてシャワーを使う水の音が聞こえ始める。

「…さぁハムレット、続きを読んでしまおうか」




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