NO.6

□はる
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はる



空は、からりと晴れた。
太陽が穏やかに、世界を照らす。
目を閉じて、両手を広げてみると、じわりじわりと、身体が暖められていくのがわかる。
燃え盛る太陽が、熱を、この星に送っている。
遙か彼方、およそ1億5千万kmの距離を越えて、今、ここに届いているのだ。

「紫苑、あんた、おかしくなったのか? …いや、失礼、前からだったな」
「…きみは失礼なやつだな。ぼくは、太陽の熱を感じてたんだよ」
「ああ、びっくりした。突然、両手を広げたりして」

ネズミは大げさに驚いた顔をしてみせ、そしてニヤリと笑う。

「4年前みたいに、また叫び出すのかと思ったよ。くくっ。あのときのあんたの顔ったら…」
「あああ! もういいだろ、その話は!」

慌てて、ネズミが話すのを遮った。
4年前。
突き動かされる衝動のままに、あの夜、声の限り、叫んだ。
どんな顔だったかなんて覚えていない。
けれど、それを誰かに、しかもネズミに、見られていたのは、やっぱり恥ずかしい。

「…本当に、よく覚えているな」

言うと、ネズミの表情から、からかうような笑みが消えた。
代わりに表れたのは、何かを懐かしむような微笑み。

「…忘れるわけがないさ」

そのまま視線を落とし、呟かれたネズミの言葉は、よく聞こえなかった。

「…えっ、」
「いや、何でもない。それより、あんたの言うとおりだ。今日は確かに、暖かい」
「…うん。コートも要らないくらいだ」

本当に今日は、ここ数日の寒さに比べてとても暖かい。

「いわゆる、小春日和ってやつだ」
「えっ、小春日和って、春じゃなかったのか」
「おいおい、そんなことも知らなかったのか?」
「うん、初めて知った」

何てことだ。
春という字が入っているから、てっきり春を表す言葉だと思っていたのに。

「冬なのに、穏やかで暖かい天候の日のことさ。そう、こんなふうにな」
「そうか。ぼくは、春の、桜が綻ぶころかと思っていた」
「…春、ね。ほころび、滅ぶのは桜じゃなくて、あの忌々しい都市かもしれないぜ」

ネズミの声色が、皮肉を交えたそれに変わる。
思わず、高くそびえる壁に目をやった。
NO.6。あの壁から外に逃れて、数週間が経った。
あのときネズミに切開してもらった首の傷跡も、ほとんど治ってきている。

「春になれば、寄生蜂が一気に羽化する。その可能性は捨てきれない。そういうことか」
「ああ。そうなれば、壁は内側から瓦解するさ」
「きみは、それを望むのか」
「おれは、あの都市が破壊されるなら、その手段は厭わない」
「たとえ、多くの市民を犠牲にしてもか」
「市民か。市民だって、同じさ。自分たちに従わないもの、異質なものは排除する。立派で愚かな、あの都市の一部だ」

ネズミは、壁を見ようともしない。
ただ強い目で、ここにはない何かを見据え、こう結んだ。

「いずれにせよ、春までには、何らかの決着が、つくさ」











うららかな午後。
ひと筋の風が吹いた。

「あら紫苑、お帰りなさい」
「母さん、ただいま」
「今日は早かったのね。…あら、ちょっと待って」

レジの向こうから顔を覗かせた母が、手に持っていたパンのトレーを置いて、こちらに来る。

「髪に何か、ついてるわ。…まぁ、桜ね」

母の指先には、淡い桃色をした小さな花びらがひとひら。

「中心部では、公園の桜が、散り始めていたから。きっと横を通ったときに、飛んできたんだ」
「そうなの。この辺りの桜は、まだ綻び始めたところよ」

厨房へと戻る母に、はい、と小さなそれを渡され、思わず両手を皿のように合わせて受け取った。
そしてふと、思い出す。
冬のある日を表す言葉を、ほんの数ヶ月前まで、桜の綻ぶころだと勘違いしていたことを。
そして、春までには決着がつくだろうと、険しい眼差しで語った強く美しい少年のことを。

そう、季節は、春になった。
町を去り、どこかへと旅立っていった彼は、今どこで、何をしているのだろう。
変わらず無事にいてくれること、ただそれだけを。
掌の中の小さな桜に、願った。





end




ここからは私信です。

瑞樹さま

先日は、相互リンク本当にありがとうございました!

upが大変遅くなりまして申し訳ありません…。
「はる」というタイトルで、とリクエストいただきまして。
つらつらと書くうちにだんだん収まりがつかなくなってきましたので、ここらで終わりとさせていただきます…!
お気に召さない場合は、再挑戦させていただきますのでー!

もしよろしければ、お持ち帰りくださいませ。

今後ともぜひぜひ、よろしくお願いいたします!

 闇内流樹



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