隔離文

□無題
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※いつか完成させたい。

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「赤い糸の存在って信じるか?」


彼の器用な指先が、まるで遊ぶように踊るように軽やかな軌跡を宙に描いていく。


「…君がそういうことを言うなんて珍しいね」

「たまにはな」


人差し指で次々と紡ぎだされる像。
一筆描きの所為もあってか、不可思議な模様を描いているように見える。
その動く指先を思わず目で追ってしまったのを、恥じて誤魔化すかのようにフレンは空に浮かぶ雲を眺めているふりをした。


「赤い糸?」

「赤い糸」


つつつ…と、まるでそこに糸が存在するかのようにフレンと彼との間を白い指先が辿る。
そこには、当然ながら赤どころか糸すらも見えるはずがなく
まるで空気と戯れるように指先を動かしているようにしか見えない。
いや、実際にそうなのだろう。
しかし、その着地点が気になり指先から視線が外せなくなったフレンは、ぼんやりとその軌跡を見つめていた。


「赤い糸って言っても、所詮は糸と糸との繋がりな訳だろ?」

「そういう風に言われているね」

「しかも、目に見えない糸だぜ?それが本人の与り知らない所で誰かと繋がっていた…とか、そんなので運命の相手なんてのを決められてもな」


糸の結び目を弄ぶかのように、くるりと指先が円を描く。


「俗説では、赤い糸で結ばれている相手は魂の伴侶とも言われているみたいだね」

「伴侶も運命の相手も結局は同じ意味だろ。そもそも何で赤なんだ?」


突然、まるで糸を見失ったかのようにぴたりと指先が止まった。
その先には青い空。
白い雲。


「…情熱の色?」

「いやいや、血だろ」

「そんな血なまぐさい糸が運命なんて嫌だな」

「だったら…、警告色」

「相変わらず君は情緒がないね」

「うっせ」


再び動き出す指先は何だか不機嫌そうだ。
ふとフレンは自らの手へと視線を落とす。
何かを探るように指先を動かすが存在しないものを掴めるはずもなく、何かを掻くような動きをしただけだった。


「…両者を繋げているのは糸じゃなくて魂なんじゃないかな」


ぽつりと呟いた言葉に彼の指が再び止まる。


「赤い魂か…確かに情熱的かもな」

「運命の糸だからね」

「運命…ね」


惑うようにふらふらと揺れる指先。


「君なら、どんなに長い糸でも無理矢理手繰り寄せそうだよね」

「むしろ、どっかに繋がってるのかね」


俺の糸。そう呟き、彼は立てた小指をぷらぷらと動かした。
赤い糸は必ずしも誰かと繋がっている訳ではないらしい。
それは運命の相手がいないのではなく、まだこの世に現れていないからだとか。
どこかに繋がっているであろう彼の運命の相手。


「君の運命の相手か…想像出来ないな」

「どういう意味だ」


半眼で睨み付けてくる視線にフレンは乾いた笑いを漏らす。


「俺は、お前の相手なら簡単に想像つくぜ…と言いたいところだが、俺も無理だったわ」

「どういう意味かな?」


しばしの見つめあい。
さてな。と肩を竦める彼にフレンも肩を竦めた。
太陽に翳すように斜め上へと突き出された彼の手のひら。
その小指の赤い糸は一体どこへ繋がっているのだろうか。


「どっちにしても、どこぞの相手と繋がってる糸より色んな意味でザイル並みに太い糸で繋がれているっぽい奴のほうが、俺は運命の相手として納得がいくけどな」

「それは糸じゃないだろ」

「言葉の綾だろ」


確かに、運命と一言で表すには運命という言葉の解釈は膨大だ。
それに、もし仮に運命の糸が存在するとして本当に運命の相手と繋がっているのだとしたら、様々な運命の相手それぞれと糸は繋がっているのかもしれない。


「君とザイル並みの糸…繋がれた相手が気の毒だな」

「まったくだ」


無意識に指の付け根を擦っていた。
笑う彼。


「だけど」


もし彼と糸を繋ぐとしたら、果たしてどの指と繋がっているのだろうか。


「きっと、相手も魂の伴侶だと思っているよ」


君のことを。
彼がフレンの人生を占めている割合を考えると、もしかすると指では物足りないのではないだろうか。
手首くらいの頑丈さが丁度いいのかもしれない。
そんなこと考えていると、何故か彼が居心地悪そうな複雑な表情を向けてきたのでフレンは首を傾げた。


「…お前が言うなら、そう…なんだろうな」


奥歯に物がつまったような話し方。


「そうだよ」


フレンは断言する。
手首を表裏動かしてみる。
やはり糸は見つけられなかった。


「繋がりや絆ごとに糸が存在するのだとしたら、僕達には何本必要なのかな」


一本?二本?三本?
いや
きっと


「片手で足りない事は間違いねぇな」


やはり彼も同じ事を考えていたようだ。
彼が小指を立てる。
同じように小指を立ててみる。
何となく近付けてみた。
触れる小指。
隙間0p。
きっと彼との間には虹のように色鮮やかな糸が入り乱れているのではないだろうか。
しかもそれは一本一本が独立しているのではなく複雑に絡み合っているに違いない。
となると何色なのだろうか。
赤、青、黄、白。
どれもしっくりこない。


「もし、あるとしたら何色がいい?」

「何が」

「色」


触れていた小指を少し離す。
開いた距離。


「そうだな。どどめ色とか」

「捻くれている君にぴったりの色だね」

「……おい」


何か言いたげな視線。
何色がいいだろう。
どうにもイメージが浮かばず考えていると、投げ遣りな呟きが隣から聞こえた。


「黒でいいだろ」

「君のイメージカラー?」

「違うっつの」


黒…、黒…か。
やはり何かが違う。


「全部混ざると黒になるって、お前が教えてくれたんだろ」


確かに光は混ざる程に白く、物質は黒に近くなるが。
それなら黒というよりは


「むしろ白…かも」


可視出来ないのだから。


「…白ねぇ」


指先が踊る。
首を傾げる様を見るにどうやら彼は納得していないようだ。
彼とを繋ぐ色。
様々な色彩で溢れているであろう糸の束。
思い浮かばないのなら、こちらで決めてしまえばいい。
だとしたら
選ぶ色は


「やっぱり黒かな」


呟いた言葉。
面白がるような声音。


「お前が折れるとか珍しいな」

「よく考えた上での結論だよ」


腕を上げる。
広げた手のひら。
背景は青。
ところにより白。
そのコントラストに混じる異物。


「白だと透けてしまいそうだからね」


この
どこまでも広がる青に。
主張するかのように伸ばした指先。
手甲をはめた手。
逆光で黒く見えた。








end

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