隔離文
□鍵のない宝箱
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「それを隠す理由にもよるんじゃない?」
「どんな?」
「例えば、みんなに自慢したいけど、それをみんなに見せるのは恥ずかしいものだったとか、大事だけど捨てたいとか」
「…さっさと捨てればいいじゃねーか」
「分かってないわね青年。だから隠したんでしょ。出来れば捨てたいけど大事なものだから自分から捨てるには躊躇いがある。でも、持っているとうっかり誰かに見つかってしまうかもしれない」
「へぇ?俺にはその気持ちがさっぱりわからないな」
悪態をつくように後ろへと体重を移し背もたれに凭れかかる。
仰いだ空の青さに目を細めた。
「……で?」
「で…って。いま話したでしょ。自覚ないならいいけど、自覚しそうになったからって誤魔化してるならバカだな」
ますます意味がわからない。
そもそも、何で俺が何かを隠してること前提なんだ?
「まぁ、これはあっちにも言えることだけど。おっさんが言いたいのは、時には隠し場所を確認しなさい。ってこと」
「……隠し場所ねぇ」
全く覚えがないけど。
尚も反論しかけるが、隣の男の表情が苦いものを含んだ感じだったので口を閉じた。
もしかしたら、隣の男は隠し場所を忘れ後からそれを見つけて後悔したのかもしれない。
だが、もし仮にあったとしても覚えていないってことは、やっぱり俺にとってはどうでもいいものなんじゃないか?
そう思ったところで、前方から聞こえた切羽つまった声に思考を中断された。
「っユーリ!助け…!?」
少し見ない間に何やら集られてる親友の姿。
談笑していたはずが、ここからでは状況が把握できないが、どうやら彼は物理的に周りから集られているようだ。
どうしてそうなった。
かといって助けを求めている親友を放っておくこともできず思案する。
「諦めて救出しにいったら?」
「…巻き込まれるのがわかっててか?」
「何だかんだで面倒みるのが好きなくせに」
「……なるほど。おっさんが放置プレイをご所望だったとは知らなかったな」
「無視とかやめてね!?おっさん寂しくて泣いちゃうから!」
あ。でも、そんな傷心のおっさんをジュディスちゃんが優しく慰めてくれるなら……うーん。
男の発言を望み通りにスルーする。
そして、再度あがる救助を求める声。
さてと。この場合は、親友を仲間達から引き離せばいいのだろうか?
しかし、真ん中から人一人を引っ張りだすのは意外に重労働なのだが。
それに、集っているのが女子供だけなのだから役得ではないか?
心なしか重く感じる腰を上げる。
「……もし隠し場所を忘れても」
斜め下を流し見る。
うなだれているように見える男の頭頂部に感じる哀愁。
「…鍵の在処さえ忘れなければ、何とかなると思ったのかねぇ…」
自虐的な笑み。
独り言のように呟く男の言葉をそれ以上聞くことはなく、俺は足を進めた。
近づく俺に、いち早く気付いた親友が縋るような眼差しを向けてくるのに苦笑する。
次いで気付いた少年が、こちらへと笑顔で手を伸ばした。
言われなくてもわかっている。
厳重にかけた鍵は、余計な事を口走らないように口の中へ入れておけば良かったんだ。
宝箱はすぐに両腕で隠せるようにお腹の中へ。
そうして自分自身が宝箱を隠す宝箱になればいい。
鍵の存在しない宝箱。
しかし、それを暴く鍵は親友が持っているに違いない。
もっとも、あいつが鍵を所有している自覚があるのかどうかはわからないけど。
少年と少女に腕を引かれながら塊の中心にいる親友へと手を伸ばす。
懐の宝箱は沈黙したまま。
end
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