隔離文

□無題
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※魔術士オーフェン。
マジオーです。
※大人になったこの二人の関係性の変化を考えると予想以上に萌えてしまって、ついつい書いてしまったもの。

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いつからだったか。
意味をなさない事だが、それでも飽く事なく何度目かの疑問を胸中でぼやく。


「なんですか?」

「…いや、別に」


互いの吐息が触れる程に近い距離で囁かれる声音に甘さの欠片はない。


「め、閉じて下さい」


ほんの僅か顎を引き催促されたそれに素直に応じる。
揺れる気配を黙認する。

後1p。
接触。

薄い表皮に触れる生暖かい感触。
何の意味があるのか。
愚問だと分かりつつも、独言のような問い掛けを今日もまた繰り返す。


始まりは唐突だった。
予兆もなく
故に予測も出来ず。
間抜けにも、その愚行をただぼんやりと見送っていた気がする。
その間、僅か数秒の出来事。
瞬時に沸き上がった怒りを抑えながら何とか問い掛け、返された答えに呆れた。


『…顔が近かったから』


それなら、何か?お前は顔が触れる程に接近していれば誰にでもキスをするのか?と。男も女も見境なく?と。
そんな感じの事を聞いた気がするが返されたのは


『……、考えてなかったので考えてみます』


そう言いながら頻りに首を傾げていた様子が本気っぽかったので、逡巡したのちこのことは事故として水に流すことにした。
全くの見知らぬ他人ならいざ知らず、彼は広い括りで身内だったからだ。
言わば恩情である。
この歳になって、たった一回皮膚の一部分が軽く接触したからと言って顕著に反応するほど初ではない。
例えば、人工呼吸ならどうだろうか。
それにしては意図的で故意の行動にも思えるが、接触事故だと思えば軽く流せるのではないか?と、そう思ったのもある。
いや、思いたかったのだ。
とにかく、余計な意識をするほどのものではない。
下手につついて、藪から出てきたのが蛇だと思ったら竜だったなんて事態もまた困るというのが本音ではあるが。
とにかく、早々に記憶から抹消する事が自分にとっても彼にとっても一番いいのではないか。と。
そう処理をしたのが、1日目だった記憶がある。
しかし、そんな淡い期待は裏切られ
約2日後、それは再度行われた。
こうなると話は別である。
一度目は事故でも二度目は故意だろう。
二度あることは三度あるというが、三度目など論外。
そうして、恐らく更にまた3日後の三度目の時。
半ば予測していたので当然、抵抗もしたし苦言も呈した。
それでもまだこの時は、困惑のほうが強かったかと思う。
とにかく、理由が分からないし原因も目的も分からない。
しかし仕掛けている本人も分かっていないとなると、もはや呆れるしかなかった。
そもそも、分からなければ黙っていればいいものを何故この場面で積極性を出すのかと頭を抱えた俺を嘲笑うかのように、無駄に行動力があった彼の奇行はその後も続けられる事になる。
逃げれば追ってはこないが、一緒にいる時に不意を突かれる。
色んな意味で頭を抱えた。
どうすればいいのか。
どうするべきなのか。
その頃は立場と関係上、今より遥かに彼とは頻繁に会う機会があっていたので、それは日を置かずに継続され
阻止したり失敗したりとを繰り返していたように思う。
増える数。
加算されていく回数に閉口するしかなかった。
身内だから拒絶が出来ないなんてのは、後付けの言い訳に過ぎない。
最大の理由は彼女への後ろめたさにあるのに。
しかし同時に、彼女の存在がなければどうだったかと思考が過った瞬間
その可能性の有無にではなく、可能性の存在を認識してしまった事に戦慄した。
そして、俺は考えるのをやめた。
それは、ちょうど二桁を越えた時だったか。
相変わらず不意討ちのように仕掛けてくるそれは、唇への接触のみ。
それ以上でもないし、それ以下でもない。
いっそのこと、“何か”があれば話は早かったのだろう。
しかし、彼もまた彼女に対して罪悪感があるのかないのか
やはり何も考えていないのかもしれないが、それ以上は頑なに踏み込んでこなかった。
それが結果的に、許容している…せざるを得ないように見えているのは皮肉なのかもしれない。
継続される悪循環。
数えるのも億劫になった、多分50回を過ぎた辺りの時のこと。
わざと煽るように誘ったことがあった。
様々な葛藤や矜持を捻じ曲げて、かなり勇気を出して行ったその行動の意図に彼は気付いたのか気付かなかったのか
やはり稚拙な接触は続いた。
彼が、本当に唇への接触だけしかしないしそれ以外の考えもないのだと確信したのも、この辺りだった。
だからこそ再度口で諭そうと試みた憶えがある。
理解らない子供にただ頭ごなしに怒鳴り付けるだけでは効果がないと悟り、根気よく粘った。
俺なりに真剣に説得を試みたのだが、結果的には色んな意味で徒労に終わった。
相変わらず彼の奇行は止まらず彼自身も原因を知らないまま。
もしかしたら、始めから彼は理由を探ろうとしていないししようとも考えていなかったのではないか…と疑い始めたのもこの頃だったと思う。
凡そ100回目を過ぎた頃になって、ようやく俺は本当の意味で全てを諦めたのと同時に抵抗もやめた。
何だかんだで本気で抵抗出来ない俺自身に一番の原因と非があるのではないか、と考えたのもある。
彼に対して強気に出れない理由を考えたくなかった。
とにかく面倒臭かった。
抵抗も説得も無駄に体力を使うだけ。
ならば、考え方を変えればいい。
唇も手も表皮の一部分。
ほんの一秒の接触で済むのだ。
24時間、86400分の内の1である。
触れるだけの意味のない行為。
だったら、さっさと終わらせればいいのではないか?と思ったから。
それでも本気で抵抗すべきだと。彼女への裏切りになるだろう。と。そう訴える声は今でも聞こえる。
けれど、彼は身内すぎた…とはやはり言い訳なのだろう。
同性なのに容認出来るほどの何かが俺の中で彼に対してあったのかもしれない。
しかし、それが何かを考えたくなかった。
考えたくないが故に容認することを選択した。
いや。容認ではなく…逃げた。
そんな明らかに矛盾した考えを持て余し始めたのもこの頃からだ。


「なぁ、意味があるのか?」

「したいからしたじゃダメなんですか?」

「…したいのか?」

「…どうでしょう」


本当にわかっていないのだろう、まだ幼さの残るその顔で苦笑する。
彼は理由がわからず。
俺は理由を考えたくない。
変わらず続く行為は終焉が見えない。


「毎回毎回、意味を考えてから動く…なんて事はしていませんから」

「…それもそうだな」


したいからするというのはある意味真理かもしれない。と、思わなくもない。
彼はそういう意味では素直なのだろうし、それと同じくらい思慮が足りないのだろう。
考えなしとも言うが。
俺の事情や気持ちを少しも考えずに、自分の欲求ばかり押しつけてくる。
まるで親離れできない子供の駄々のような戯れ。


『子供の戯れ…か』


今日の分の接触を終えた男は、未練の一切を感じさせない所作で体を引き離れていく。
その後ろ姿はいつもと変わらない。


『…気が緩んでいるのだろうな』


そして嫌悪感もない。
だから許容する…?

つらつらと述べたところで真理はそんな所かもしれない。
彼は行動を起こしただけで、それを受けとめているのは俺なのだから。

湿り気すら帯びていない唇を指先でなぞる。
ふと、今日が500回目だったことに気付いた。








end









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こういうのは、ふわっと書くべきなんだろな。というのを知った。

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