隔離文

□不可分の事柄
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一度、彼と同じ方向へ視線を移し変わらぬ街並みを確認してから再び机へと向き直り作業を再開する。


「…で。ジュード君は正体が知りたいの?」

「え?」

「さっきの話」


視線に気付いていたのかと一瞬動きが止まるが、身動ぎする気配は感じたもののそれ以上の追求がない事で、杞憂だったと知り肩の力を抜いた。
どうやら、彼の中ではまだあの話題は続いていたらしい。
書類を捲る手を一旦中断すると最後の会話を頭の片隅から引き出した。


「…そうだね。知りたいかも」


するりと口から出てきた言葉が、本心からなのかは微妙だった。
会話の流れから適当に頷いた可能性も否定出来なかったからだ。
それでも、彼は真剣に考えているのか唸るような声を出す。


「燃えた可能性はないんだよな?」

「断言出来ないね。アレが灰なんだとしたら燃えたって事なんだろうけど」

「でも灰ではない可能性が高い…と。そして塵でもない。…雪とか花弁なんてどうだ?」

「そんな綺麗なものじゃないことだけは確かかな」

「…故意に撒き散らした紙屑、あるいは何かの残骸」

「それはもう塵に分類してもいいと思うよ」


先程積み上げた山が傾いてきている気がして、慌てて頂上の本へと手を伸ばした。
一旦書類を机の上に置き両手で支えながら山の形を少しずつ変えていく。
先程よりは余程安定した山を視点と角度を変えて念入りにチェック。
どうやら雪崩の危機は去ったようだ。
他の山は…と、ずらした視線の先。
斜め前に形成されていた山の頂上にある本の表紙が気になり手に取った。
表紙を確認するが、見覚えがない。
背表紙も流し見てから中身を確認すると、またしても貸し出しカードを発見してしまい首を傾げた。
借りた目的が思い出せなかったからだ。
といっても、ここに存在する時点で借りた事だけは証明されているのだが。


「…でも一番近いのは灰なのかもしれない。何で燃えたのかは分からないけど」

「燃えなきゃ灰にならないだろ?」

「アレを可燃性だと判断するのは少し迷うかな。でもそうなると、本当に灰なのかも疑問になってくるんだよね」

「…結局そこに戻るのかよ」


ぱらぱらと無造作にページを捲り、大まかな本の中身を把握する。
どうやら借りたのはいいが、以前読んだ別の書籍と似た内容だということに気付き読破を保留にしていた本だったようだ。
再度、返却カードへと視線を落とす。
日数まであまり余裕がないが、全く目を通さないまま返すというのもどうかと思って少し躊躇った。
たまたま目にした文章の一部分に見覚えがあっただけで、残りの部分は初見の内容の可能性があるからだ。
もっとも、それと同じくらい期待外れの可能性もまたあるけれど。
結局、返却すべきか延長してでも何とか読むべきか悩む。


「残念だが俺には役不足だな。ジュード先生を納得させられる解答が思いつかない」

「大丈夫だよアルヴィン。今この場で求められてるのは斬新な閃きだから」

「柔軟な発想なら俺より若いジュード君のほうが分があるし、職業柄得意分野じゃねぇ?」

「アルヴィンはやれば出来る子だって僕は信じてるよ」

「…何だろう。俺は反論すべきだよな?していいよな?」


明らかにおざなりな返答に付随する態度になのか中身になのか。
何だか情けない声音が背後から聞こえてきて、思わず吹き出しそうになるのを何とか飲み込んだ。

そこにはかつて一本の苗木が存在し
その苗木は彼への感情を養分に成長し
その苗木が枯れた後に降り出した“何か”
それらは全て、彼への想いから生まれたものだ。

だからという訳ではないが


「…何となく、アルヴィンなら知ってるんじゃないかと思ったんだよね」


ぽつりと、それこそ独り言のように呟かれた言葉に彼からの返答はなかった。
もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。
それこそ独り言のつもりだったので返答がないこと事態は構わないのだが、不自然に菓子を食む音が途切れたのでもしかしたら返答に困っているのかもしれない。とも思った。
背を向けているのでこちらからは彼の表情は窺えない。
何か言ったほうがいいだろうか?と、手にしていた本を積み上げた山とは別の空いたスペースに置きながら考える。


「……ふーん?」

「…あのね。本当に、何となく思っただけだよ?」


成長したそれが、何の実をつける筈だったのか
気にはなるが、今となってはどうでもよかったりする。
終わった事だからだ。
ただ、今もなお降り続けるそれが
一体、何から出来ていて何処から発生し、いつまで降り続けるのかは少し気になった。
それだけの話だ。


「でも、気になるんだろ?そいつの正体が」

「……そうだね」

「専門的な知識は必要ないってことだよな?」

「そうなるのかな」

「…凡庸なありきたりな答えは…違うよな」

「どうなのかな」

「……俺に聞かれても」


先程からループしている会話。
このやりとりに意味がないことも自覚しているし、彼も気付いているだろう。
そもそもが僕の独り言から派生した会話だ。
答えを必要としていないから独り言になる訳で。
故に、やはり意味のない会話なのだと思う。
それでも、先程から繰り返される無意味な質疑にさえも律儀に答えてくれる彼の応答には、興味があった。
もしかしたら、彼もまた暇潰しから同じように無意味な返答を繰り返しているのかもしれないけど。


「んー。答えるにも、今のままじゃ答えようがないだろ」

「それもそうだね。…だったら質問を少し変えようか」


すぐ横にある本の山に肘が軽く触れる。
ゆらゆらと揺れる書物の山。


「恋は何に変化するのか」


崩れそうで崩れないそれにそっと手を添えた。


「……どういった繋がりから出てきたんだ?」

「実は今までの会話、微妙に擦ってたんだよね」

「……マジか」

「マジだよ」


成長することなく手折られた苗木は、今では跡形もなく散ってしまい存在すらしていない。
地中の根も枯れてしまっているに違いない。
それなのに
今でも降り続けているそれは
成熟することなく終わってしまった想いと、何か関係があるのだろうか?


「ってことは…、……え?これってジュード君の恋愛相談だったわけ?」

「残念ながら違うね」

「…擦ってるんじゃないのか」

「微妙ってところがポイントかな」

「ポイントって…」


何気なく向けた視線の先にあった書類。
冒頭の文脈に不備がある事に気付きペンをとる。
これまた提出する必要があるにも関わらず何故か放置してあった書類だと気付き、思わず頭を抱えた。
幸い期日はあってないようなものだったし、内容も急ぐような重要なものではなかったから良かったものの、書いた筈の中身が何故か思い出せず仕方なく再読する事にする。
しかし読み進める内に、朧気な記憶で数日前の徹夜の時に書いた書類だと思い出し、今度は別の意味で頭を抱える羽目になった。
やはり寝不足の頭で書くとケアレスミスが出て二度手間になってしまう。と反省する。


「…ま、どっちでもいいけど。えーと?確か、恋の変化だったよな。……どう言えばいいんだ?」

「それこそ僕に聞かれても」


どうせ新たな紙に修正した文章で書き直さねばならないのだし。と開き直り、空白部分に意味のない図形を描いてみた。
ぐちゃぐちゃとした、まるで子供の描いた絵のような規則性のない曲線。
途切れた集中力がこれで戻ればいい。と思いながら手を動かす。
…意外に面白いかもしれない。


「簡単でいいなら、愛か喪失だろうな」

「恋が片思いで愛が両想い、喪失が失恋?」

「一般論はその辺じゃないか?…愛が情で恋が想いだとかも聞いた記憶があるな。そもそも、哲学的な解答を俺に期待されても困る」


まるで嘯くような声音はいつも通りだったが、少し無神経な事を聞いたかもしれない。と今更ながらに思った。
意図的に逸らしたのか、単純に答えに困ったのか。
判断に困った僕は、描きかけだったティポの制作を中断すると椅子の軸を回し体ごと彼に向けた。
視界に入った表情が危惧していたものではなかったので、とりあえず安堵する。
振り向いた僕に気付いた彼が、作業は終わったのか?とでも言いたげにまたしても菓子を咥えたまま肩を竦めるのを見て笑顔を返した。


「僕はアルヴィンの考えを聞いた筈なんだけど?」


それにしても、今日の彼は少し菓子を食べ過ぎではないだろうか?
来訪時に小腹が空いていたか口寂しさに摘んでいるのならいいが、待ちぼうけで空腹になったのだとしたら申し訳ないな。と思い、ちらりと背後の机へと視線を向けた。
…とても、あと数分で終わるような状態でも量でもない事だけは明白だった。
ため息しか出ないとは、こういう状況を言うに違いない。
現実逃避をするように彼へと視線を戻した。


「そうだったか?」

「…もう。だったら改めて聞くよ。よろしければアルヴィンさんの意見をお聞かせ下さい?」

「わかりましたジュード先生?…って、俺の答えなぁ…」


目を閉じて悩む彼の表情を注視するが、言いづらくて濁す言葉を探しているというよりは無理難題の答えに困っているような様子だったので、そのまま黙って見守る事にした。





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