隔離文

□不可分の事柄
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※『似て非なるもの』の対の話として書いたけど色々とぐだぐだになったのでボツ。
※ED後。

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それは確かに一度終わっていた。


いま思えば、淡くてきらきらしていてとても幼い可愛らしいものだった。
本で読んで得ていた情報に幼なじみの少女から散々聞かされた話が混ざったそれは、まさに想像していた通りのものだった。
些細なことで浮き足立ったり落ち込んだり。
ドキドキしたかと思えば苦しくなったり。
針の振り切れた温度計のように、上昇したかと思うとすぐさま降下したりと忙しなく動く感情に振り回される日々。
ゆっくりではあったが、まるで成長するように大きくなっていくそれに、このまま少しずつ育まれながら成長し、やがては何らかの実をつけるのだろうと。
そう信じていた。
本当に、可愛らしいものだった。
盲目で無知で何も見えていなかったからこそ、それは純粋で貴いものに見えていた。
そうして、様々な出来事を経て気付けばあっという間に過ぎ去っていた月日。
結果だけを言えば、実は成らなかった。
花は疎か蕾すらつけることなく早々に手折れ、一体どんな花が咲きどんな実をつける筈だったのかも分からないまま喪くなってしまっていた。
手折るというよりは、むしろちぎりとられたというほうが正しいのかもしれない。
断面から絶えず流れ落ちるそれは血なのか、はたまた実るはずだった想いなのか。
どちらにしても
一度折られたそれが再生することはなく。
気付けば跡形もなく消え、残ったのは灰が降り続ける荒野のみ。

僕の恋は
あの日あの瞬間に、確かに終わっていた。

そして、その瞬間からそれは降り続けたまま。
止む気配さえなく
まるで地面を埋めつくすかの如く
今、なお絶えずに降り続けているのを僕は黙って眺めている。


「…塵は積もったら何になるんだろう」

「積もっても塵は塵だろ」


半ば独り言だった自問に返答が返ってきた。
返してきた相手が誰かを問うのは、愚問であり無意味だ。
何故なら、この部屋には僕と彼の二人しか存在しないから。
しかし、僕は彼の返答の答えあわせをすることもなく黙々と乱雑している書類を丁寧に掻き集めては束の角を合わせファイルへと挟む作業を繰り返している。
単調なそれは時間をかけた甲斐があってか、一定の区切りをつけられる量にまで減らすことに成功していた。
背後で、摘んだ菓子を咀嚼する微かな物音を聞きながら再び集めた紙束を整える。


「何かに変質する可能性は皆無なのかな」

「リサイクルって事か?」

「変質じゃなくて変化なのかも?だとしたらアレは…なに?」

「塵は塵だろ?」

「そもそも何でアレを塵だと思ったんだろう?」


書類をあらかた整頓し終わったことで、再び自問は途切れた。
一人机に向かったままなので、背後のソファーに座る彼が何を考えて己の独り言に答えているのかはわからない。
不自然に途切れる言葉すら気にしない所から推測するに、彼のそれもまた独り言のつもりなのかもしれない。と、作業する傍らで考える。
だとしたら何とも不毛なやり取りだ。
陶器の擦れる音から察するに、背後の彼は紅茶に口をつけたのだろう。
僕もまた、思い出したように比較的スペースが確保してある隅の場所に放置してあったカップへと手を伸ばした。
予想通りの冷たく苦い液体が舌に乗る不快さに、一口だけ嚥下すると再び定位置へと放置する。


「塵って確か、小さいゴミとかほこりとかそんなんで出来てたんじゃなかったか?」


明確な意図でもって独り言から問いかけへと変化したそれに、僕もまた今度は会話で答えた。


「そうだね。灰は…」

「可燃性のものが燃えた後に残った燃えかす…だろ?」

「…そうなんだよねぇ。だとしたら、アレは燃えた後の残骸の可能性もあるって事になるのかな」

「塵じゃなくて灰だったのか?」

「そんな感じだったような違うような?仮に灰だとしても、あの質量はどう考えてもおかしいんだよね。かと言って、塵というほど物質が混在しているようには見えないし」


あそこに存在していたのは成長し損ねた苗木が一本だけで、今は何も存在していない。
先程の荒野という表現は比喩であって、実際には真っ更な空間に灰のようなものが上から降っているだけだ。
そもそも、塵や灰の定義とは何だっただろうか?
寄りかかった椅子が軋んだ音をたてる。
絶妙のバランスで積みあがっている本の山の頂上から適当に一冊手に取った。
辞書だったらいいなぁ。なんて思ったのだが、どうやらまったく擦りもしなかった上に返却が必要な本だったらしい。
たまたま開いた表紙の裏に貸し出しカードが挟まっているのを見て眉を潜める。


「何かを燃やしてたんじゃないのか」

「うーん。燃やした覚えがないんだよね。自然発火も難しい気がするし…むしろ、灰でも塵でもない物体って考えたほうが辻褄があうかも?」

「塵とか灰とか言い出したのは、おたくだろ」

「最初は塵だと思ってたんだよ。でもアルヴィンが灰って言うから」

「いやいや、灰って言い出したのもお前だからな?」

「あれ?そうだった?」

「忘れんなよ…」


もともとが独り言だった所為か深く考えずに発言していた。
故に、覚えていない会話を思い出す努力を早々に放棄した僕は、首を傾げる事で誤魔化す。
背後から聞こえるため息が何だか重たく聞こえて、気付かれない程度に笑ってしまった。


「……その、灰とか塵とかって話は今の研究に何か関係があることなのか?」

「全然。全く関係ないよ」

「…あっそ」


今度こそ会話に意味がないことを悟ったのか、彼はそれ以上追求することなく口を閉じた。
手にした本の貸し出し期間を確認する。
脳内のカレンダーを確認した後、手前側の比較的低い山の上へと載せた。
次いで、何気なく開いた引き出し。
真っ先に視界に入った紙束に思わずため息が出た。
どうやら書類整理はまだ終わっていなかったらしい。
手にした二冊目の本を確認することを諦めると、再び絶妙なバランスを保っている山の頂上へ。
どのみち今日中に片付ける予定なので、それまでに崩れなければいい。
乗せたせいで更に不安定になった山の微震が収まったのを確認した所で、支えていた手をゆっくりと離した。
ちらりと後ろを振り向けば、それに気付いた彼が菓子を口に咥えたまま片手をひらひらと振っている。
その行儀の悪さに思わず口を開きかければ、小言よりも先に早く作業を終わらせろ。と言わんばかりに机を指された。
彼の指摘はもっともな事だったので、言葉の代わりに長いため息を吐けば苦笑される。
確かにこのまま彼を待たせたままという現状もどうかと思っていたので、僕は素直に机へと向き直ると引き出しの中の書類の束の仕分けに取り掛かった。
ふと、また少しだけ振り返れば今度は気付かなかったのか食べかけの菓子を手に窓の外をぼんやりと眺めている彼。
何処か遠くを見つめるその横顔に思わず手が止まった。
無意識なのか癖なのか。
乱れてもいない前髪を掻き上げるような仕草。
不意に蘇る騒つく感情。
旅をしていた頃、彼のそんな些細な動作に自分にはない大人の男性の色気を感じてドキドキしていた事を思い出した。
それと同時に、そのドキドキが彼に恋をしているからなのか身近にいる大人の男性への憧れからくるものなのかの判別がつかず、かなり悩んだ時期があった事も思い出し、その懐かしさからか自然と口元に笑みが浮ぶ。
それくらい、僕の彼に対して向けている思いは曖昧で幼すぎたとつい最近になってからようやく気付くと共に自覚もした。
今でも、ふとした瞬間疼くものが奥底にある。
前よりも更に曖昧なものではあったけれど、前とは違いそれの正体は何となく分かっていた。






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