その他2

□野良猫の杞憂
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※「野良猫への憂慮」の対の話。

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「……って噂だ」

「へぇ…、あいつが…ね」


そう呟き、帝都の方向へと視線を向けた。









「…邪魔するぜ、フレン」


窓枠を跨いで室内へと侵入すれば、ベッドに腰掛けて書類に視線を落としていた部屋の主が振り向いた。


「…ユーリ。そこは入口ではないとあれほど…」

「用事が済んだらすぐに出ていくから、大目に見ろって」


咎めるように見つめてくる視線に、うんざりとした心情を隠して肩を竦めることで躱せば、これ見よがしに大きなため息をつかれた。
その間にさり気なく全身へと視線を滑らせる。
特に変わった様子は見られない。
何やら重傷らしい…と噂を聞いてやって来たのはいいが、外見の情報だけで全てを判断し安心するには彼との関係と年月はお互いに長すぎた。
少なくとも、昼間に自室でラフな格好でベッドに腰かけて書類をチェックしなければいけない程度には、何かがあった事は間違いないだろう。
それ以上部屋に入らず窓際の壁に寄りかかると、率直に聞いた。


「怪我、したって?」

「……誰に聞いた?」

「仕事で帝都に来てたギルドの連中にちょっとな」

「警備に支障が出るから外に漏れないように徹底していたはずだが…」

「こういうのは、どっかしらに穴が開いてるもんだろ」

「…人の口に戸は立てられない…という事か…」


深刻そうに考えこんでる彼に軽い口調で茶化すように肩を竦めた。


「それにしても、お前が怪我する程のヘマをするなんて珍しいな」

「油断をしたつもりはなかったが…迂闊だったかもしれない」


どうやら任務中に想定外の出来事があったらしい。
…いや。
実際にはどうだか分かったものではない…と目を細める。
目の前の彼は、周りのイメージとは違い何か壁にぶち当たったとき、慎重そうに見えて意外と何も考えずに力技で押し切ろうとする所がある。
今回も、案外それで突っ走った結果の自業自得なのかもしれない…とは思ったが、口にはしなかった。


「…で?どうなんだ?」

「骨にひびが入っているそうだ」

「骨折しなかっただけマシだろ。治癒術は?」

「すぐにかけようとしたんだが、何故かソディアに止められてね」


少しはだけられた上着の隙間から見える胸元には包帯が巻かれていて、思わず眉根が寄る。
それにしても
律儀に言うことを聞かずにさっさと治癒術で治してしまえばいいものを、部下の懇願を素直に聞いて大人しく部屋に閉じこもっているところから察するに、数で責めたのだろうか…と、ユーリは何処か得意気な顔の副官を思い浮べて、感心するとともに苦笑した。
多分、普段働き詰めだからこれ幸いと部屋に押し込める理由の一つにでもしたのだろう。
これはこれで自業自得じゃないか?と思わず笑ってしまい、不審そうな視線が突き刺さる。


「あの副官の姉ちゃんの言う通り、しばらく大人しくしとけよ」

「君に言われなくてもそうするつもりだ」


お?と眉尻を上げる。
若干不満そうではあるが素直に言うことを聞く辺り、意外に凹んでいるのかもしれない。
もしくは、そこそこに傷がひどいのか。
見た限り…多少ぎこちない感じではあるが動作自体に違和感は感じられないので、このまま自然治癒でも支障はないのだろう。
やはり噂は当てにならないな。と思いつつ、寄りかかっていた壁から体を離した。


「…さて、と。用事も済んだし帰るとするわ」


窓枠へと手をかけたところで背中に声がかかる。


「ユーリ!」

「ん?」

「…心配かけてすまない」


思わず動きを止めた。
振り向けば、真っ直ぐに見つめてくる視線。
神妙な面持ちでの謝罪に、肯定するのもむず痒くて思わず顔ごと視線を逸らした。


「…散歩のついでに寄っただけだ」

「それは、随分遠回りな散歩だな」

「たまには違うコースを歩きたい気分だったんだよ」

「違うコースを…ね」


見透かされているのだろう。
それでも認めてしまうのは何だか癪で、今度こそ窓枠に足をかけるが、ふと動きを止めた。


「…なぁ」

「ん?」

「……いや、やっぱ何でもねぇわ」


言い掛けた言葉を飲み込んだ。
口から出かけた言葉は今更なことで。
あえて言うことでもないと思ったからだ。


「…気をつけて」


そうして、一瞬の変化をいつものように見なかったふりをして背中を向ける。


「…行ってくる」


ひらりと手を振る。
窓枠から少し離れた枝へと飛び移れば、後ろから決して大きくはない小言が聞こえた気がしたが、今度は振り向くことなく地面目がけて飛び降りた。








end







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