その他2

□2013・V.D記念
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追いかけた筈の少年の姿はすでに見失っていたが、この大きさの宿屋の間取りなんてどこもみんな一緒だ。と思い、ある程度の場所の検討をつけていたアルヴィンが適当に廊下を歩いていると案の定鼻が嗅ぎ分けたキッチン特有の匂いに気付き、前方にそれらしき部屋を発見した。
閉じられた扉を音もたてずに開いて隙間から覗いてみれば、キッチンのカウンター越しに見慣れた小柄な後ろ姿。
素早く室内に体を滑り込ませ気配を殺して近づく。
数歩手前で一度立ち止まり一応少年の手中に刃物があるかの有無を確認してから、抱きついた。


「…どんなの作んの?」

「…っ!っひゃっ!?……って、アルヴィン!…脅かさないでよ」


体の前に腕を回し軽く拘束してから耳元で囁く。
反射で跳ねた体を抱き締めることで押さえ付けた。
驚きからか頬を染め睨みつけてくるジュードにアルヴィンは楽しげに口の端を歪めた。


「悪い悪い」

「…少しも悪いと思ってないよね。まだ、チョコを溶かそうとしてる最中だよ」


軽い口調に諦めたようにため息をついたジュードが、アルヴィンを背中に貼りつけたまま作業を再開した。
黙々とチョコの包装を解き用意してあった容器へと放り込んでいく。
始めは大人しく眺めていたが見ているのが退屈になってきたのかアルヴィンはジュードの髪を弄り出した。
摘んでみたり軽く引っ張ってみたりしてみたが、そんな悪戯に慣れているのか目の前の作業に集中しているせいか、思ったような反応が得られず早々に髪弄りを止めたアルヴィンが、今度は少年の手元へと視線を落とした。


「ふーん?」


少年の脇から手を伸ばし欠片を一つ指先で摘むと、そのまま口へと入れた。
予想通りの甘さが舌に乗る。
気付いたジュードが手を止めずに嗜めた。


「もー。手癖悪いなぁ。分量に余裕があまりないから、もうつまみ食いはダメだよ?」

「……はーい」


まるで小さい子供に言い聞かせるかのような口調に、アルヴィンは見えないと知りつつ摘んだ手を揺らしながら苦笑した。
黙々と作業を続ける姿をしばし見守る。
指先についたチョコに気付き舌で舐め取ったところで、ふと思いついたアルヴィンはジュードの目を盗みもうひと欠片掠め取った。
そして少年の耳元で囁く。


「ジュード」

「…ん?」


素早く口にチョコの欠片を咥えると振り向くジュードに顔を近付けた。
目を見開くジュードの顎を手で固定し薄く開いた唇へと咥えたチョコの欠片を押しつける。


「…溶けるだろ?」


落ちないように歯で固定したままゆるゆると擦りつけるようにチョコでジュードの唇をなぞれば、観念したのか呆れたような表情ではあったが唇を微かに開けた。
すかさず隙間に浅く差し込めばジュードの目元が少し緩んだ。
更に押し込み欠片が歯で捕えられた事を感触で確認したアルヴィンは、ようやくチョコを解放する。
そして溶けた液体がついた唇を舐めた。


「俺から頑張るジュード君へ、バレンタイン」


ついでに指先で欠片を押し込みがてら唇に触れれば、チョコはするりと口の中へと消えていった。
触れる指先を唇から離せば、目元を染めたジュードが口元を手で覆った。


「…あのさ。これ、僕が買ってきたチョコだよね」

「俺が一回口をつけたから、俺のだよ」

「……屁理屈」


恥ずかしさからか視線ごと顔を逸らすジュードを許さず、アルヴィンは顎を掴むことで少年の動作を強引に遮った。
そのまま今度は素早く唇を奪う。


「…そしてお返しも貰った、っつーことで」


何が起きたのか分かっていないのか、ぽかんと見上げてくるジュードが我に返る前にアルヴィンは体を離すと、来たとき同様音もなく廊下へと体を滑らせた。
後ろ手にゆっくりと扉を閉める。
一歩前へ足を出した所で、部屋の中から何やら器具が落ちた甲高い音が響いた。


「…っぁ、あ、あ、っああアルヴィンっ!!」


次いで聞こえた叫び声にアルヴィンは思わず笑った。
追いかけてくるつもりはないのか片付けを優先したのか、何やら騒がしい音は聞こえていたが、それも部屋から離れていく内に次第に聞こえなくなっていった。
再び廊下に響くのが己の足音だけになった所でアルヴィンは無意識に指先を舐めようとして、結局上げかけた手を下ろした。


「…あますぎじゃねぇの」


代わりに渇いた唇を舐める。
当然ながらチョコの味はしなかった。








end










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