その他

□2012・W.D記念
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※時期外れにも程がある。
※V.D記念の燐視点。
※実はお兄ちゃんは知っていました。ってオチを用意していました。

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雪男の様子が何だかおかしい。

一番最初に気付いたきっかけは雪男から漂う甘い匂いだった。
それに気付いたのは偶然だった気がする。
その時、ちょうど俺はバレンタインの事を考えていた。
今年は少し凝ったものを作ろうと思っていたからだ。
何故なら、気まぐれなのか数日前にメフィストからお小遣いを貰ったから。
これで作ったチョコを献上しろ。と言っていたから、もしかしたら材料費として渡されたのかもしれない。
けれど、メフィスト一人分にしては余りある量の金額だったので、やっぱりバレンタイン用臨時のお小遣いでいいのだと思う。
そんな訳で
貰ったからには手抜きは出来ない。と何を作ろうか数日前から菓子のレシピ本を片手に悩んでいた。
雪男の異変に気付いたのはちょうどそんな時だった。


「ただいま」


遠くから聞こえてきた扉を開ける音と疲れたような弟の声に、慌てて時間を確認し椅子から立ち上がる。


「おかえり。遅かったな」


予想通り疲れた表情の雪男は、けれどもしっかりとした足取りで食堂に入ってきた。


「ただいま。欲しい資料がなかなか見つからなくて…、兄さんはもう夕食食べた?」

「いいや、ちょうど俺もいま食べようかと思ってたところだ」

「良かった」


そう言って微笑む雪男はいつもと変わらない。
しかし、確かに異変はあったのだ。
動いた空気に混じる、微かな香り。
この場にはあり得ないその匂いの原因の元を探ると、どうも雪男からのようで。
一瞬、あれ?雪男の体臭ってこんなお菓子みたいに甘い匂いだったか?と思ったりもしたが、いま雪男は外から帰ってきたばかりだということを思い出した俺は、大方どこかで匂いが移ったのだろう。とすぐに結論づけた。


「どうしたの?」

「いや。何でもねーよ」


直前までバレンタインの事で頭がいっぱいだったから、たまたま香ってきた甘い匂いに敏感に反応しただけだろう。と内心頷いていたが、雪男にとってそんな俺の挙動は疑心を抱かせるには十分だったらしい。


「…よくわからないけど、具合悪いとかじゃないよね?」

「…へ?別に具合悪くねーよ。そんなことより、悪いけどこれ運んでくれないか?」


「……いいけど。これも運んでいいの?」

「あぁ、頼む」


まだ若干不審さを拭い切れていない表情ではあったが雪男は一度俺の全身に目を滑らせると、異常がないと判断したのかすぐに引き下がった。
そして、俺の手からいくつかの皿を受け取ると背を向ける。
そんな雪男の後ろ姿を、今度は俺が眉をひそめながら見送った。
たったいま擦れ違ったが、やはり甘い匂いが交じっているようだ。
雪男の体臭でないことは兄である自分が一番よくわかっている。
だとしたら、何の匂いなのか?
しかもあの雪男から、である。
色んな意味ですごく気にはなるがその時はそれだけだった。
判断材料が少なかったからだ。

そんなことがあってから更に数日後。
相変わらず俺の頭はバレンタインのチョコのことで埋めつくされていたが、雪男から漂う謎の甘い匂いの事もまた頭の端にではあるが引っ掛かったままだった。
確か、雪男が任務以外の日にも少し遅い時間に帰宅するようになったのがこの辺りからだった気がする。
そういう時に決まって感じるあの甘い匂い。
遅くなった理由はまちまちだったが匂いだけはいつも一緒だった。
多分、雪男の用事はいつも同じでもしかしたら行っている場所も同じなのかもしれない。
一体どこで何をしているのか。
任務の時には感じることはないその匂いは、祓魔師関係ではなく学校関係か他の何かでついたものなのだろう。
気にはなるがその事で雪男に原因を聞いたことはないし、これからも詮索するつもりは俺にはなかった。
明らかに雪男は何か隠し事をしている。
そして…多分、俺は…何となくわかっていたんだと思う。
その甘い匂いの正体と理由を。

その疑惑が確信に変わったのは、やはりあの日の昼休みの事だった。


「はい、兄さん」

「ん?カップケーキ?」


何やら珍しく照れて躊躇った様子の弟から渡されたのはいくつかのカップケーキ。
事前に用意されていた言い訳なのか何やら色々と説明していたが
要するに
雪男は作っていたのだ。
バレンタインの菓子を。
それが、まさか俺のためにだとは思わなかったからびっくりしたけど。
いま思えば、あの甘い匂いはチョコではなく焼き菓子の匂いだった。と何処か納得しながら手の中に収まっている弟手作りの菓子を見つめる。
その後、弟手作りのカップケーキは食べました。
大変美味しかったです。
あの弟が四苦八苦しながら一生懸命作ったであろう菓子は、多分どんな味だったとしても俺には美味しく感じたに違いない。
実際は、お世辞や贔屓ではなく本当に美味しかったけど。
もしかしたら数日間ずっと香っていた原因は、雪男が誰かに菓子を教わって練習していた所為でついた匂いなのかもしれない。
そう思うと何やら込み上げてくるものがある。
それにしても、思わぬサプライズだった。
あの雪男が俺のために、しかもバレンタインに菓子を作ってくれるとは。


「そうだ!今日の夕食のデザート楽しみにしとけよ」

「……え?」

「今日のために特別なのを作ったんだ」

「……特別?」

「そ。特別」


雪男にそう告げると、反応を待たずに何処か浮き足だった気持ちのまま駆け足で校舎へと入った。


「……へへへっ」


にやける頬に漏れる笑み。
自然と緩む頬。
雪男に気付かれただろうか。
我慢出来ずにもう一度笑い声を漏らす。
たまたま廊下で擦れ違った生徒が俺のにやけた顔を見て不審そうな表情を向けてきた。
でも気にならない。
実は、塾メンバーやメフィストに作ったのとは別に雪男だけの特別なバレンタイン菓子をすでに用意していた。
しかし、あんなサプライズをしてもらったらもう少し奮発したくなるではないか。
むしろ、何か作りたい気分だ。
ものすごく


「なに作ろう」


寮に帰ってから雪男が帰ってくるまでにもう一品用意する時間の余裕はあるだろうか?
頭の中を膨大なレシピが過る。
だって
本当に
とても嬉しくて仕方がなかったのだ。


「…よし!」


拳を握りしめ気合いを一つ。
足りない材料を調達するために買い物に行ってまで作ったとバレれば、雪男に何か言われるかもしれない。
となると、いまある材料でもう一品菓子を作る。
まさに腕の見せ所だ。
俺は鼻歌を口ずさみながら教室へと足取り軽く戻った。








end








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