その他

□2012・W.D記念
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※時期外れですが…。
※V.D記念とは繋がりのないW.D話。


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目の前に、所狭しと置かれている綺麗にラッピングされた様々な種類の菓子の箱。
無秩序に小山を形成しているそれらは、机はおろか部屋の家具さえも埋めつくしかねない程の量で
埋もれているせいで辛うじて見える隙間から、それが机だと推測されるその手前。
やはり菓子で作られたその山を背に立つルークは、妙に機嫌よく笑顔を振りまいていて
そんな、ある種異様な光景を前にアッシュは呆然と立ち尽くしていた。


「どれか好きなものを選んでくれ」

何のために


思わず胸中で突っ込んだ心境。
その突っ込みの声が聞こえたかのようなタイミングで、ルークは台詞を追加した。


「あ。全部でもいいからな?」

だから何が


通じたと思っていたのは勘違いだったらしく、やはり微妙に通じていなかったようだ。
というか、まさか『全部』って…この菓子の山のことじゃないだろうな?
あからさまに怪訝そうな表情を出しているにも関わらず、相変わらず何が楽しいのかにこにこと笑っているルークにアッシュは額に手を当てため息をついた。


「…どういうことか説明しろ」

「え?いや、だから、アッシュに好きなのをやるから選んでくれって言っただろ?」


言われてねぇよ!…と、やはり胸中で突っ込んだ後、更に説明を促した。


「…何でこんなに買ってきたんだ」

「えーと、今日ってホワイトデーなんだろ?」


ホワイトデー。
確かに昨日、ナタリアに1日早くお返しの菓子を渡しに行ったから間違いないな。


「俺、バレンタインにアッシュにチョコ貰った時からずっと何かお返ししなきゃって考えててさ。でも何をあげたらいいのか分からなくて、みんなに聞いたんだ。そしたら、飴がいいとかマシュマロのほうが…とか何か色んなお菓子の名前が出てきて訳わかんなくなって。…何でバレンタインはチョコが定番なのに、ホワイトデーはたくさんあるんだろな?いや、それは別にいいんだけど。とにかく、余計に何をやればいいのかわからなくなったから、いっそのこと直接店に行って見たほうが何か思い付くんじゃないかと思って、午前中に街へ下りたんだ」


たまに首を傾げながらもゆっくりと経緯を話すルークに、サボりか。と思いつつも話の腰を折るような真似はせず、アッシュは黙って静聴した。


「…そしたら、今日は出店がいっぱい出てたせいか街中がすごい人混みでさ。肝心の商品もなかなか見れないし、一回出直そうと帰りかけた時にナタリアと会ったんだ」


あ。ナタリアで思い出した!と、きょろきょろと周りを探した後に掴んだ綺麗にラッピングされた箱。
それを差し出されたアッシュは、口の端を僅かに引きつらせた。
まさか…。
嫌な予感に固まるアッシュに苦笑したルークが、手にした箱へと視線を落とした。


「何か、アッシュに貰ったクッキーが美味しかったから…とか言ってたぞ?で、ちょうど作ったケーキをお裾分けするとも言ってたな」


まさか、お返しのお返しが返ってくるとは思わなかった。
ルークの手の中にある箱を見つめる。
……つまり。
要するに、タイミングが悪かったということか。
諦めたようなため息が無意識に口から漏れた。
しかし、貰ったものを受け取らない訳にはいかないと思いルークから包みを受け取ったアッシュは、けれどもそれを全力で見なかった事にするべくすぐに視界から外した。
ついでに、手にしていた箱を近くにあったテーブルらしきものの微かに空いたスペースへと置く。
……暫定的に置いただけで、決して受け取りを拒否した訳ではない。
持ったままでいると、手の体温で箱の中のケーキが温まってしまうのを避けるためだ。
その様子を苦笑しながら見ていたルークが机へと寄りかかる。


「それで、えーと…どこまで話たっけ?……あ、そうそう、ナタリアは街中視察ついでに自分チョコ?が買いたかったらしくてさ。色々話している内に一緒に店を見て回ることになったんだよ」


何となく見えてきた話の展開に、アッシュはもう一度菓子の山へと視線を移す。
一体、どれくらいの商品を買い占めればこれだけの量になるのか、恐ろしくて聞けない。
当たり前だが、先程と全く変わりのないやはり異様な光景に目を細めた。
というか、一体どうやってこの量を運び込んだのか。


「まぁ、そこまでは良かったんだけどさ。いざ店に入って商品を物色してたら、あまりに種類が多すぎてどれを買えばいいのか分からなくなって。お前の好きなのも分からないし、結局店にあったのを適当に選ぶことにしたんだよ」


適当に…で、この量…だと?
愕然としたアッシュは目眩を感じたかのようにふらりと体を揺らした。
金銭感覚があの旅で身についたかと思っていたのだが、どうやら違っ「ナタリアが」


「………、そうか」


ナタリアか。それなら……仕方ない…な。
意図してか知らずか、結局怒りを削がれる形となったアッシュは天井を仰いだ。
……待てよ。この菓子の山々を築いたのがナタリアなのだとしたら、これはナタリアからのお返しになるのではないか?
果たして、その事をルークは気付いているのだろうか?
ふと湧いた疑問に、天井からルークへと視線を移す。
気付いたルークが首を傾げるが、全く疑問にすら思っていないといったその表情にアッシュも首を傾げたくなった。
まさか、この中にルークが買ったものも含まれているとか?
しかし、それを確かめるのが何だか癪に障ったアッシュは再び菓子の山々へと視線を流した。
様々な色と大きさに形。
実にバリエーションに富む品数と種類だが、これと言って欲しいものもない。
だが、この中からあえて選ぶとしたら…


「…お前はどれが好きだ」

「は?俺?いや、俺じゃなくてアッシュの好きなのを選んでくれよ」

「だから、お前はどれが好きなんだと聞いている」


何を言っているのか分からないといった感じで、また首を傾げているルークにアッシュは口を引き結ぶ。


「?…んー、俺が旨そうだと思ったのは……、これかな?」


これだけの数があれば中身の判別なんてつくはずもないのだが、ルークが選んだそれは適当に選んだのか、あらかじめ目的のものを近くに置いていたのか、菓子の山を軽く見渡しただけで手に取った包みを確認したアッシュは、手を差し出した。
その手のひらを見つめ困惑するルーク。
焦れたアッシュが半ばひったくるように包みを掠め取った。


「…あっ」

「これでいい」

「え?いや、でも「これでいいと言っている。残りはお前が責任を持って処分しろ」」


そう言い残してすぐさまアッシュは踵を返した。
菓子の山に阻まれて部屋の入り口付近に居たせいか、数歩で扉へとたどり着いた。
ドアノブに手をかけた所でようやく固まっていたルークが動く。


「…いや、アッシュがそれでいいならいいけど……って、ナタリアの忘れてる!」


背中にかかる焦ったような声は、後ろ手に閉めた扉によって遮断された。
見下ろした手には、ルークから奪い取った包みしか存在しておらず、ナタリアから貰った箱はない。
箱はテーブルの上に置いたままなのだから、ここになくて当然なのだが
今更ながらにその事に気付いたアッシュは、気まずそうに視線を彷徨わせた。
今、部屋へ戻ることは心情的に不可能だった。
決して、ルークと顔を合わせるのが気恥ずかしかった訳ではないし、また入室するのが面倒臭かった訳でもない。


「………仕方ない」


ナタリアのは…後で取りに来よう。
問題を先伸ばしにする事で、一旦保留にする。
再度、手にした包みへと視線を落とした。
淡い赤色の包装紙に少し青みの強い緑のリボン。
偶然か必然か。
人差し指で包装紙とリボンの境界線をなぞる。
閉じた扉の奥からは、何かが崩れる音と悲鳴が聞こえた気がしたが、結局アッシュは何事もなかったかのようにそこから立ち去った。
自然と浮かぶ笑みに気付かないふりをしながら。








end









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