その他

□2012・V.D記念
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※多分、ED後捏造。

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「アッシュ!何でもいいからチョコをくれ!」


…何でもいいと言うわりに要求品が指定されているとはどういうことか。

廊下の片隅で無理矢理足止めをされた上に叫ばれた言葉の内容に、アッシュは眉間に皺を寄せた。
ルークの突然の奇行など今に始まったことではない。
そう。残念なことに、よくあることなのだが…。


「…何で、俺がお前にチョコを貢がなきゃならん」

「貢ぐんじゃなくて、くれって言ってんだよ!」


何やら必死に否定しているが、どちらも意味はたいして変わらない。
アッシュは諦めたように嘆息した。


「…くだらないことで俺を呼び止めるな」


鼻先であしらい適当に躱そうとしたのだが、ルークはこれまた珍しくまるで縋りつくようにアッシュの服を掴み引き止めた。
そのせいで先へと進めなくなったアッシュが仕方なくまた振り向けば、ルークは今度は絶対に逃がさないとばかりに腕を掴み身を乗り出してくる。


「なー!いいだろ?今日中じゃないと意味がないんだって!」


接触しそうな位に顔を接近させるルークに、近い。と自らの頭を仰け反るようにして遠ざけつつ、しかしそのあまりに真剣な訴えにアッシュは少し困惑していた。
どうやらルークは、どうしても今日アッシュにチョコを貰いたいらしい。
そのあまりの必死さが逆に気になってきたアッシュは、何か重大なことを忘れていただろうか?と思案し始めた。
ルークの行動はいつも突飛ではあるが、そこには必ず何かしら理由がある。
だから、チョコを欲しがっているのにも必ず何か理由はあるはずで。
ふとアッシュの脳裏に一つだけ引っ掛かった事柄があった。
日付から察するに、ほぼ正答で間違いない、とあるイベントの存在。
だが、もし仮にルークがチョコを要求する理由がそのイベント関連なのだとしたら、それ以前に別の問題があるのではないか?とアッシュは顔を顰めた。
チョコを要求するのは、いい。
だが、『くれ』と言っていることから推測するに、ルークの頭の中には『アッシュにあげる』という選択肢が始めから存在していないのではないか。
その事実に少し苛立ち思わずルークを睨み付ければ、ルークもまた腕にしがみついたまま負けじと睨み返してきた。
……ふざけるな。
まず、他人様に何かを要求するなら、等価交換として先にお前が俺にチョコを寄越すべきだろう。
…とまで考えたアッシュは、ふと己の思考の矛盾に気付き慌てて否定した。
これではまるで、ルークがチョコをくれないから俺からはチョコをやらない。と言っているようなものではないか?
……いやいや。
欲しいわけじゃない……多分……、多分?
腕に縋りつくルークを、頭の片隅で鬱陶しく思いつつも内心色々と葛藤していたアッシュは、ふと何かを思い出したかのように唐突にポケットに手を突っ込んだ。
指先に何かが触れる。
その形状を触感で確認したアッシュは一瞬、動きをとめた。
ルークの口振りではチョコなら何でもいいようだ。
それなら、これを渡せばいいのではないか?
脳裏を過ったその囁きに導かれるように、ゆっくりと手を引き抜く
ポケットから出された手の中には、一粒の個装されたチョコ。
それを、腕にしがみついているルークからは見えない位置で確認したアッシュは、迷うように視線を彷徨わせた。
そのチョコは、先程まで過ごしていた部屋で偶然食べていたものの一つだ。
どうしてポケットに入っていたのかは、残念ながら覚えていない。
もしかしたら、何かの拍子に偶然入ったのかもしれないし、入れたのかもしれない。
とにかく、ルークが要求するチョコがいま己の手の中に存在していることには違いない。
……もう一度いうが、
断じてチョコを渡したいわけではない。
わざとポケットに入れていたわけでもない。
あまりにうるさくてしつこいから仕方なく…そう、仕方なく!たまたまポケットに入っていたものを渡すだけで、
断じて、他意はこれっぽっちも含まれていない。
アッシュは自身に言い聞かせるように何度も頭の中で繰り返した。

……だから


「……これで文句を言うなよ」

「へ…?」


勢いよく突き出した手の下に、反射的に差し出された手のひら。
その上に落とされた小さな塊に、ルークは目を見開いた。
改めて視認したそれは、ポケットに入っていたせいもあるが、先程アッシュが無意識に握り締めていたせいで更に包装紙がよれてしまっている。
何だか、本当にいらないものを押しつけたように見えて、今更ながら取り返すべきかとアッシュは迷ったがルークにとってはどうでも良かったらしい。


「えっ!?マジで!?アッシュ、俺にチョコくれるのか!?」

「た…、たまたまポケットに入っていただけだ!勘違いするな…俺はっ」

「ありがとうアッシュ!おれ、大事に食べるからな!」


結局、取り返せなかったチョコはルークによって大事そうに両手で包まれた。
まるで、貰った宝物を守るかのように胸の前で抱え込むその姿に、アッシュはそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
たまたまポケットに入っていた、たった一粒のよれた包装紙のチョコであんなに喜ばれると、動機が動機だっただけに妙に居たたまれない気持ちになる。


「…安いチョコだ」

「値段なんて関係ねーよ!アッシュが俺にくれたってことが大事なんだからな」

「………」


満面の笑みを浮かべるルークに、今度こそアッシュは押し黙った。
もう一度お礼の言葉を叫び嬉しそうに立ち去る背中。
それを黙って見送ったアッシュの表情は、まるで苦虫を噛み潰したかのようだった。


「……くそっ…」


本来なら仕事は山積みでやることがいっぱいで
この後も、夜まで予定が詰まっていて
なのに…
自覚なく重い溜息が落ちる。
何とか予定外のスケジュールをねじ込む余地がないか…と頭の中で算段するが、早々に無理だと判断したアッシュは本来行くべき道を逸れて別の廊下へと進んだ。
一番始めに出会ったメイドへ、とある買い物を頼むために。








end








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