その他

□2012・V.D記念
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「実は、毎年すごく楽しみなんだ」

「へー、そりゃ初耳だな」


背中を向け、生地を混ぜる手を止めないままに答える頭の中は現在、同時進行でいくつも作っている菓子のレシピでいっぱいだ。

今日は朝からとにかく忙しい。
何故なら、ひたすら色んな種類の菓子を作っているからだ。
この日は世間的(主に女性)にも、もちろんユーリにとっても特別な日で
もっともユーリの場合は、目的は数多の女性達と同じかもしれないが、その主旨は世間のそれとは少し違うのかもしれない。
いわゆる、自分チョコを作っているのだ。
それを本命チョコと定義するのなら、義理チョコに当たるものは既に前日に様々な人々に配布済みだ。
だからこそ今日は、心置きなく朝からキッチンにこもりいつもより材料費をかけていつもより凝った細工なんかもしつつ結果、いつもより中身も見た目も豪華で豪勢なお菓子を作っている。
そんな、ユーリにとってはいわばご褒美的な行事だ。
語弊があるとしたら、そこにフレンもいて彼にも少しお裾分けをしている点かもしれない。
故に、フレンに今日作った菓子を食べさせるのは渡していることと同義なのではないか。と誤解されそうだが、すでに幼い頃から多少中身の違いはあれど習慣化されていたそれは、特別に何か意味がこもっていた覚えもなく、日常的な括りの中にある一つの行事。という認識になっていたりする。
少なくとも、ユーリとしてはフレンがいようがいまいが関係ない。
今日という日は、丸一日かけて自分自身のために、その一年の調理技術の集大成でもって作り食べる。そんな至福の時間なのだから。


「そのテーブルに置いてる菓子、まだ食いたかったら勝手にここから持っていって追加していいぞ」

「本当?この味、少し変わってるけど美味しいね。追加も貰いたいけど、他のお菓子がお腹に入らなくなりそうだから今はやめておくよ」

「そうか?気に入ったんなら、帰りに残ってるやつ持って帰っても構わねぇけど…どうする?」

「確か、このお菓子って昨日みんなに配ってたものだよね?…余ってるのなら遠慮なく貰っていこうかな」

「あぁ、好きなだけ持っていけよ。どうせ置いてあっても俺が全部食うだけだからな」


生地の入ったボールを一旦台の上に置き、冷蔵庫から取り出したムースにトッピングを施していく。
また一つ完成したそれに、ユーリは満足気に頷くと入れ代わりに今度は少し余熱を冷ましていたプリンを冷蔵庫へと入れた。
そのついでに、パフェへと飾り付けする予定の飴細工が十分に固まっているのを確認し扉を閉める。
予定通りならば、あと一時間もあれば今年の作業は全て終了だ。
そうなれば、後は完成した菓子を食べるだけ。
嬉しさから思わず鼻歌を口ずさんでいると、テーブルの上の菓子を完食して手持ち無沙汰になっていたフレンの声が、再び背中にかけられた。


「ねぇ、ユーリ」

「何だ?」


使い終わった調理器具をシンクへと置く。


「…来年も、来ていい?」

「いつも来てるだろ?」


どこか窺うような声音に内心首を傾げつつも、意識はほとんど目の前の生地にかかりきりだったユーリは、深く考えずに答えた。
そもそも
来年も再来年もなにも、フレンがこの日にユーリのもとを訪れ作った菓子を一緒に食べるのは今更のことだ。
強制的に食べさせたり誘ったりしているわけではないし訪問を拒絶している訳でもないのだから、フレンが来れば歓迎こそすれど門前払いになんてしないし、するつもりもない。
そこまで考えて、ユーリはふと我に返った。
惰性で動かしていた手も止め振り向いたところで、いつからこちらを見ていたのかフレンと視線があう。


「ありがとう、ユーリ」


そう言って満面の笑みを浮かべるフレンの顔を、ユーリは思わず凝視していた。


「…お礼を言うことか?」

「僕にとっては…ね」


どこか噛み合っていない気がする会話の不快感さにユーリは目を細めるが、相変わらず何が嬉しいのか笑顔を絶やさずに見つめてくるフレンの視線に耐えかね、早々に思考を放棄すると再び背中を向け作業を再開させた。
調理器具の擦れ合う音が、先程までより妙に大きく響いている気がする。
そこに居心地の悪さを感じたユーリは、誤魔化すように口を開いた。


「……なぁ、スポンジにレーズンが入ってても平気だよな?」

「君のつくるお菓子はみんなおいしいから、大丈夫だよ」


それは半ば予想していた答えだったので、返事を聞く前に生地へとぱらぱらとレーズンをちりばめる。
再び生地を混ぜる頃には、先程感じた空間の居心地の悪さも薄れていて、ユーリは再び目の前の作業に没頭し始めた。
混ぜていた生地を型へと流し込み、忘れたことがないかを確認するようにキッチン周りを見渡す。
……良し。後はこれをオーブンで焼けば最後の品目も完成だ。
その達成感に大きく息を吐く。
それと同時に後ろでフレンの立ち上がる気配を感じながら、ユーリはシンクに張った水の中に汚れた器具や皿を投下していった。

さて
後は、毎年恒例の二人だけのお茶会の準備だな。









end








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