その他

□私と君の関係性
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※古キョンというより、古キョン未満。

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その日は、これといって何も起こらなかった日だったと思う。静かに…とまではいかなくても、比較的平穏だったと言える程度にはハルヒもおとなしくしていたし。

騒めく放課後。
当番だった教室の掃除もしっかりと終わらせた俺は、いつものように部室へと足を進めていた。
辿り着いた部室の扉の前で一回足を止め、万が一の為にノックをすべきか腕を上げたまま少しだけ悩んだが、室内からは衣擦れはおろか物音すら聞こえなかったので一拍だけ置いたのち扉を開ける。が、開けた視界に映った室内の光景に、一歩足を踏み出したままの格好で再び動きを止めた。


「……あれ?お前だけか?」


まず視界に入ったのは、ハルヒでもなく朝比奈さんでもなく長門でもなく
古泉一人だけ。

いつも必ずいる筈の長門がいない空間を不思議に思いつつも部屋へと足を踏み入れ後ろ手で扉を閉める。足音で気付いたのか扉を開けた瞬間から手にしていた文庫本から顔を上げてにこやかに出迎えた古泉は、確認の為か一度部屋を見回してから再び顔を向けてきた。


「ええ。少なくとも僕が来た時にはまだ誰もいませんでしたよ」


それは珍しいな。
古泉は、しおり代わりか開いていたページに指を挟んで本を閉じると空いた手で隣の椅子の背もたれを引く。堅いものを引きずる音を聞きながら俺は再度部屋を見回した。
鞄や荷物すら見当たらないという事は、古泉以外は部室にすらまだ顔を出していないという事だ。
本当に珍しいな。
内心で首を傾げつつも古泉の背後を回ると、引かれた椅子へと躊躇う事なく腰を落ち着ける。目の前の席は3つとも空席。
長門も気になるが、ハルヒはどうした。
確か今日は掃除当番ではなかった筈だから、てっきり部室へは一番乗りだと思っていたんだが。


「ところで、涼宮さんは?」


それは俺が聞きたい。


「ご一緒ではなかったのですか?」


いつもハルヒと一緒にいる、みたいな誤解を招きそうな発言はやめろ。それに、あいつも子供じゃないんだから放っておいてもそのうち来るだろ。
授業が終わった後のハルヒの行動を思い出しながら古泉を睨みつける。


「どうせ、何か面白い事でも見つけたんだろうよ」


それで会話は終わりだと言うように顔を背けると、隣から肩を竦ませる気配がした。


「では、何かしますか?」


話題転換にと古泉が手にした文庫本に挟んでいた指を抜いて閉じかける仕草をする。俺は少し考えたあと首を振った。


「……いや。今日は気分が乗らないから気にせず読んでていいぞ」


その台詞にきょとんとした表情を浮かべた古泉は、困ったような微笑を浮かべた。


「ありがとうございます」


悪いな。そんな気分じゃないんだ。
何故か少し躊躇う素振りを見せた古泉は、それでも再び文庫本を開き文章を辿り始めるのを横目に確認し、俺は窓の外へと視線を移した。

グラウンドには陸上部とサッカー部の姿がちらほらと見える。暫くそれをぼんやりと眺めていたのだが、ふと目のピントをずらすとガラスに写る古泉がこちらを伺うように視線をちらちらと向けてくる事に気付いた。
あぁ。さっきの問いは俺が暇そうに見えたからか?
何だか気まずくなって不自然にならない程度に窓から視線を反らすと机に置いた鞄に手を伸ばす。そして、乱雑に突っ込んでいた中身から携帯だけを取り出した。
手にしたついでに着信を確認するが新着メールは特にない。取り出した手前、すぐに閉じてしまうのも躊躇われたので、適当に操作して待ち受け画面を変えてみたりする。その様子に、気にする必要はないと思ったのか古泉からの視線を感じる事はなくなった。

暫く紙をめくる音とボタンを押す音だけが室内に響く。ちらりと扉を確認するが、まだ誰も入ってくる気配がない。
今日は本当に珍しい。
無駄な操作にも飽きてきて思わずこみあげた欠伸を噛み殺した。横目に見た古泉は本に集中しているらしく気付かない。

…全くもって顔が整っている奴が本を読んでいる姿ってのは、総じて嫌味にしか見えない。様になるってのは、こういう姿の事を言うんだろうな。
いつもなら、男の顔なんか好き好んでまじまじと見つめたくなんかないからすぐに視線を逸らすのだが、密室でしかも古泉だけしかいない所為か何だか目を離すタイミングを逸してしまって、あからさまに首を曲げて横顔を眺めていた。
まず最初に目に入る睫毛は男にしては長い。次いで緩やかな稜線を視線が辿り唇に目がいく。微笑を浮かべた薄い唇。
朝比奈さんのように可愛らしい女性の唇ならまだしも男の唇なんぞ見ても何も面白みなんかない訳だが。
そういえば、誰かが古泉の唇が色っぽいとか艶がどうのって言ってなかったか?その時は、奇特な奴もいるもんだと呆れたが。
そもそも、見るからに柔らかそうな唇じゃないのにこれのどの辺に女は艶を感じるのだろう?男っぽい唇という事か?
不躾に睨み付けるように唇を凝視している内に、俺は


「…何故かそこから目が離せなくなった」

「!?」

「今、読んでいる小説の一文です」


文庫本に視線を落としたまま笑みを崩さず古泉は話す。
視線が向けられている訳でもないのに何だかこちらも見られている気がして、俺はゆっくりと視線を外した。


「……それがなんだ」

「いえ。あなたがあまりにも熱い眼差しをこちらへ向けてくるものですから」


今度は本から目を離し、楽しそうな表情で顔をこちらへ向けてきた。


「……別に見てないぞ」

「そうですか?」


くすくすと漏れる笑い声。
くそっ!絶対わかってて言ってやがる。一体、どんな小説を読んでるんだ。
舌打ちしそうになるのを抑え顔を背けていると、古泉も再び本へと意識を戻したようだ。再び下りた沈黙にこっそりとため息をつく。





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