その他

□繋ぎ手
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何となく


手を伸ばしてみた。



「…ユーリ?」

「………」






オルニオンの街から少し離れた草原。
お互いに時間が空いたからと、久しぶりに手合せをした帰り道。
街を囲う柵が辛うじて肉眼で確認出来る程距離が離れていたし、すぐ隣を並んで歩いている男の手の甲が軽く触れたから
何となく、手を伸ばして掴んでみた。


突然の事に驚いたのか、一瞬指がぴくりと動いた振動が掴んだ手を通して伝わってきたが、動いたのはそれっきりで繋がれた手も離される事もなく
かと言って、握り返す程の力も籠められていなかったので、遠慮せずに思い切り握ってやった。

さくさくと草を踏む不規則な音を聞きながら、ちらりと隣に視線を向けてみたが、かなりの力で握り締めている筈なのに痛みを感じていないのか我慢しているのか、思っていたような反応は得られなかったので諦めて少し力を抜くと、今度は握った手を指先で探り始めた。
暫く指を蠢かしていると、指先に妙な感触が触れた気がして慎重に親指で探ってみれば、皮膚が盛り上がった堅い感触。
場所から推測するに剣ダコだろう。
今度は手の甲の辺りを探ると、人差し指が線上に盛り上がった部分を発見する。
ざらざらとした感触は瘡蓋だろうから、多分切り傷で間違いないだろう。
その傷の細さから推測するに、原因は剣ではなく紙だろうか。
その部分を再度確かめるようになぞる。


「…くすぐったい」

「我慢しろ」


気にせず触っていたら、微かな笑い声と共に力の抜けていた手に力が入り急に掴み返されたので、思わず眉を潜めている間に今度はこちらの手に指が這いだした。
軟らかなものがまるで愛撫をするかのように丹念にゆっくりと手を這っていく感触に、背筋がぞくぞくとして肩を竦ませた。


「また怪我をした?」


血が渇いたばかりの、瘡蓋になりかけの部分をさわさわと撫でられる。


「…ただの擦り傷だよ」

「もしかして、さっき転がった時?」


労っているようでいて傷口を開きたいのか。
擦るような仕草で動かされる指に、ぴりぴりとした少しの痛みと擽ったさを感じて、くすぐってぇよ。と言ったら、お返しだよ。と返された。
仕方がないので、こちらも更に仕返しとして手の甲に置いていた指を滑らせる。
柔らかな肌は、何の障害物もないけれど。


『…ここは、あの時の傷だな』


滑る指先に何の感触も伝えてこなくても、小さい頃に傷跡として残ってしまったものなら、何処にあったのか何が原因で怪我をしたのかお互いによく覚えている。
大きくなった今は、それ以外にも増えているだろう。
勿論、手に限らず自らの体や足にだって傍らの男が知らない傷痕がいくつも増えている。
そしてそれは、これから先も増え続けるだろう。

ふと思いついて、動かしていた指を止めると一回握りあった手を解き、指を絡ませると更に密着させるように握り締めてみる。
すると、びっくりしたのか珍しい顔で振り向き見つめてきたので、漸く得られた反応に満足気に笑みを浮かべた。


お互いにこの場所まで辿り着く道中、様々な苦労と苦難を乗り越えてきた。
そして、これから進むべき道の先にも障害物は行く手を阻むように存在し続けるだろう。
それでも、隣の男が立ち止まらないのなら、自分もまたそれがどんなに難解な道でも障害と感じる事なく歩いていけるに違いない。



「たまにはいいだろ」

「…君から手を繋ぎたがるなんて珍しいね」

「たまには…な」


触れ合った手は、まるでそこから熱を奪われているかのようにひんやりと冷たくて。
それでも、離そうとはお互いに言わないし思わない。
きっと分け合った熱が混じりあえば、それが自分達にとって心地よい温度になる筈だから。


「それにしても、手を繋いで歩くなんて子供みたいだ」

「どーせ、子供だよ俺は」

「ははは。随分と大きい子供だね」

「うるせぇ」



道はいつしか岐れてしまった。
たまに交わる時もあるだろう。
だからこそ、この手だけはこれからも離す事はないし

離したくない…。









「…先に言っておくが、あそこに見える木までだからな」

「僕はこのまま戻ってもいいけど?」

「バカ言うな。……見つかったら、色んな意味で怖ぇよ…」

「…?」






end








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