□スローテンポ
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「そういえば、ネクタイ着用も任意になるんだったな」


だから、注目して欲しいのは(以下略)。
ネクタイを握る手に力が入る。敵ながら手強い。唸っていても仕方がないので、次の行程へと進むことにした。
えーと、確かラクスが言ってたのは…
足を少し開き、ついでにスカートの裾も不自然にならない程度に上へあげる。残念ながら学校指定の膝下丈の靴下なので絶対領域は作れない。少しあからさますぎるだろうか?と不安と恥ずかしさで視線を逸らすが、これでも気付かないアスランが悪いのではないか。と、目の前の背中へ向けて勝手に責任転嫁。
それにしても、恥ずかしい。
気付くのなら早く気づいて欲しいと切実に願ってしまうくらいに恥ずかしい。
いつもなら幼なじみに対する気安さからか、下着姿を見られたところでアスラン相手に今更恥じらいすらしないのだが。意図的に見せるとなると、何でこんなにも恥ずかしいのかと少し驚く。
…というか、自分は何をやっているのだろう。
こんな、あからさまに誘って何がしたいのか。


「………」


さっきまでの意気込みは何処へ行ったのか。一転して今までの勢いが萎えたように衰えたキラに、羞恥と冷静さが襲ってきた。
これで振り向いたアスランが気付かなければ一旦退却しようと決意したとき


「…キラ。今日はどうしたんだ?」

「え?」

「いつもはこんな事しないだろ」


むしろ思い付きもしないのに。とベルトを締めながら苦笑混じりに言われ目が泳いだ。やはり、誘導があからさま過ぎたようだ。…というか、こう改めて指摘さるとすごく恥ずかしいのだが。


「あ…、あの…今までのは、なしで…」


何だか変な空気が流れている気がして…いや、ある意味では望んでいた展開ではあるけれど我に返った今はこの雰囲気がむしろすごく居心地が悪くて、思わず逃げ腰になったキラにアスランはようやく振り向いた。


「…あのさ、もしかして…悩んでた?」

「…何でそう思うの」

「今日のキラは、この部屋に来た時から様子がおかしかったから」

「…っな!」


気付いてたなら反応してよ!

頬に熱が集まる。


「気付いてたけど、理由がわからなくて…」

「…っ、…だったら、今はわかったんだ?」

「あぁ」


その短い返答にキラは黙り込んだ。普段だったら自分では絶対に思い付きもしないことを色々と試した。それだけ現状を打破したいという思いがあったから。それなのにアスランは、そんなこちらの意図がわかっていたにも関わらず反応しなかった。
つまりは、そういうことなのではないか?
じりじりと不快な何かが込み上げてくる。現状に不満を覚えていたのは自分だけだったという事実に、キラは少しショックを受けていた。


「…ごめん、キラ」

「…………」

「今まで伝えなかった俺が悪かった」

「……どういう意味」

「俺としては、キラとは小さい頃からの付き合いだし恋人になったからといって今更急に態度は変えられないし変える必要もないと思っていたんだ。それに、出来れば学生の内は手を出したくないって思ってもいたんだけど…、でもそれが原因でキラを不安にさせていたのなら謝るよ。もっと早く言えば良かったな」

「……アスラン」


予想外の言葉に、それ以上なにも言えなくなったキラは呆然と見つめた。
まさか、アスランがそこまで考えていたとは思わなかった。
そして同時に、相手にこちらの不満をぶつけるばかりで何もアスランのことを考えていなかった自分に、ただただ苛立った。悩んでいたあれこれが些細なことのように感じた上に自分の自己中さに呆れたキラは、膝の上に置いていた拳を握りしめ俯く。ふと気付くと、いつのまに来たのかすぐ目の前の距離にいたアスランが跪き、俯くキラの顔を覗き込むように首を傾けていた。


「勘違いするなよ?俺は小さい頃からキラが好きだったって言ったろ?むしろ、そっちが延長って意味だからな?幼なじみのほうではなく。だから、今更焦る必要もないんじゃないか?」


何せ、恋人より片思いの期間のほうが長かったからな。

苦笑混じりのその言葉に誘われるように、キラは顔をあげた。
柔らかく微笑むアスランに少しの間をあけ頷く。言われてみればそうかもしれない。
昔からずっとアスランが好きで、それが恋人の関係になったからといって何を焦る必要があるのか?
ずっとアスランが好きで、これからもきっとアスランが好きで。関係の進行速度なんてそれに付随しているだけにすぎない。
僕達には僕達だけの過去と経緯があって現状があり、未来がある。


「……ごめんねアスラン。僕、自分のことしか考えてなかった」

「いや。キラを不安にさせていた俺も悪いよ。ごめんな?」

「あ、アスランは悪くないよっ!……我儘な僕が悪いんだ」

「んー、それなら…お互い悪かったってことで仲直りしよう?」

「……うん」


キラが何度も頷くと、慰めるように頭を撫でられた。
満たされている今はいいが、もしかしたらまた不安になる時がくるかもしれない。そしたら、アスランに抱き締めて貰えば小さな悩みなんてすぐになくなるのではないか。
撫でられる心地よさに何だか安心して脱力したキラは、そこで改めて自分の今の格好を思い出した。もう制服を着ている意味がなくなったので一回帰って着替えようと腰をあげたところで、やんわりと肩を掴まれ再びベッドへと座ることになった。驚いて見上げたアスランは先程とは違う笑みを浮かべていて、思わず首を傾げる。


「…でも、キラがせっかくその気になったみたいだし。少し試してみるか?」

「え」


何だか普段しない煽られ方もされたし。

その台詞に含まれた意味と先程の発言とは明らかに矛盾しているアスランの行動に、キラは狼狽えて胸中で叫んだ。

いま、ゆっくり歩もうって言ったばかりじゃないかっ!





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